『京都』というとどんなイメージが思い浮かぶでしょうか?
せっかくなので全国47都道府県で『京都』が一位を占めるものを見てみましょう。まずは、”国宝の建造物数”です。これはどう考えてもそうでしょう。”金閣”、”銀閣”にはじまって、”清水寺”とか誰でも知っている建造物が目白押しです。次は、
...続きを読む食べ物で”ほんしめじ”です。なんと全国の生産量の99.9%を占めるというその事実を私は今の今まで知りませんでした。偶然にもこのレビューがきっかけで知識が増えましたね。では、これは皆さんご存知でしょうか?”人口10万人あたりの大学数”です。えっ?と驚くその順位。東京よりも!大阪よりも!大学の数が多いというその順位を知って私はとても驚きました。確かに京都と言って思い浮かぶ大学名は多々あります。かつて都が置かれたその土地に学ぶ魅力、世界に誇る文化が色濃く残るそんな土地に学ぶ魅力というものが、京都の大学にはあるのかもしれません。
このレビューを読んでくださっている方の中にもかつて大学で学んだという方がいらっしゃると思います。もしくは、私のように”学んではいない”けれど一応大学は卒業できたという方もいらっしゃるかもしれません(笑)。大学生活というものも人それぞれです。学問、サークル活動、そして恋…。人生の中でも最も自由な時代、なんでもできると自由を謳歌できる時代だからこそ、そこに賭けるものも人それぞれだと思います。
さて、ここに、京都の左京区に位置する大学で、『運命のひと』を見つけたという女の子を描いた物語があります。『七月七日にわたしたちは出会った』と始まる恋の物語。それは、『数学科ってなにするの?』という女の子の質問に『一日、思いついたことを書きとめていくねん』と答える男の子の物語。そんな男の子と『もう少し会話を続けた』いと願い、『たっくんて呼んでいい?』と『なぜかそう聞いていた』という女の子。この作品はそんな女の子が大学生活最後の一年を、彼に一途に一生懸命に生きていく、そんな眩しい青春の煌めきを見る物語です。
『七月七日にわたしたちは出会った』、というその朝に寝坊をしたのは主人公の花。『じっくり考えるひまもなく』、『白いシャツにジーンズという無難な組みあわせを身につけた』花。『時計をにらんで頭の中で計算』して、『あと五分だけ時間があること』に気づいた花は『プレーンヨーグルトの容器を開け』ます。さらに『ふと思いつき』、冷凍庫を開けた花はそこにブルーベリーがあるのを目にしました。『ブルーベリーは身体にいいらしい』と思って手に取るも『何粒かが、勢いあまってころころと容器の外にこぼれ』ました。そして、『脇腹のあたりに散った斑点に目を落とし、わたしは泣きたい気持ちになった』という花は、『悩んだ末に、先月末に買ったばかりの、紺地に白い花柄のワンピースを着ていくことに決め』ます。そして、授業の後、『食堂の前を通り過ぎたところで肩をたたかれ、振り向くとアリサが立って』いました。『ここから自転車で十分足らずのところにあるミッション系の女子大』に通うアリサは、『恋人の修治がうちの大学の理学部にいる』こともあって『このキャンパスに足繁く通って』います。『かわいい服!』と声をかけられ『ありがと』と返す花。そんな花に『ねえ、花ちゃんて今晩ひま?合コン、どう?』と『四対四で設定』していた合コンに欠けた一人の『代打を探している』と伝えるアリサ。『運命のひとがみつかるかも』と、粘るアリサに『了解』とうなずいた花。そして、『七時から三条木屋町の居酒屋で行われた』という合コンに出席した花。しかし、『お店に現れた男の子は修治も含めて三人』でした。『話題も雰囲気も非常にまともだった』と会が進む中、『乾杯から一時間以上経ってやっと四人目が登場』します。『空いていたわたしの正面の席にすとんと腰を下ろした』そんな彼と目が合い、『花です』と名乗ると『龍彦です』と答えた男の子。『どこの学部?』、『理学部』、『じゃあ修治と同じだね』、『うん、でも学科が違う。おれは数学科』と弾む会話の中で、花は修治が学ぶ『数学』に興味を持ちます。『たっくんて呼んでいい?』と『なぜかそう聞いていた』花。そして、そんないっ時を思い出し、『ひとめぼれというわけではなかった』、『なにがそんなにわたしの心をつかんだのか、今でもよくわからない』と振り返る花は、『でも、ひとつだけ確かなことがある』と考えます。『七月七日の朝にブルーベリーをこぼさなかったら、わたしはなんの変哲もない白いシャツにジーンズ』で、『アリサの誘いをすぐに断っただろう』、『それ以前に…アリサは私に声をかけようとは思わなかっただろう…』。そして、『七月七日の朝にブルーベリーをこぼしたおかげで、わたしはたっくんにめぐりあった』と思う花。『これから毎年、七夕飾りを目にするたびに、わたしはブルーベリーを思い起こすことになるのだろう』と思う花。そんな花が大学生活最後の一年を送る中で、『運命』の出会いを果たした龍彦のことを想う、甘酸っぱい大学生活が描かれていきます。
『大学4年間京都にいて本当に楽しかったので、京都の街を知っている人にも知らない人にも想像しながら読んでもらいたいなと思っています』と語る瀧羽麻子さん。京都大学経済学部で学ばれたという、そんな瀧羽さんが綴るこの作品の一番の魅力は、瀧羽さんが『楽しかった』とおっしゃる大学生活の舞台、京都の街並みのこれでもか、と描写されていくその雰囲気感にあると思います。京都という街への想いは人それぞれだと思います。修学旅行で行った程度という方から、京都に長く暮らしていらっしゃる方、そして、瀧羽さんのように人生の一時期をその場所で過ごしたという方まで。これは京都に限らず、その街のイメージというのは人それぞれの経験によって見えてくるものが大きく異なってくるように思います。ほんの数日しか滞在しなければ見えるものはほんのわずかでしょう。その一方で長らく暮らすと逆に見えなくなっていく部分もあるように思います。そういった意味でも大学の四年間という青春の真っ只中を東京から移り住んだ花と、やはり大学の四年間を京都で過ごした瀧羽さんに見えたものはリアルに重なっていくのだと思います。そんなこの作品はもうどこを切り出しても京都を感じさせる地名が頻出していきます。『川端通に出て少し南に下ると、すぐに出町柳の駅に出る』という花のマンションから大学への道程。『この街と大阪をつなぐ京阪電鉄の終点で、さらに北、修学院や比叡山のほうまで延びる叡山電鉄にここで乗り換えることもできる』と単なる道案内に過ぎないような表現でさえ、雰囲気感に満ちていると感じるのは京都ならではです。同じようなことを他の都市の駅、路線名でやっても、だからどうしたとなるのは、京都という街が持つ最大の武器かもしれません。そんな場面を絶妙に短い言葉で切り取っていく瀧羽さん。それは、街中のふとした一瞬を捉えた場面でも同じです。『レンタサイクルの店の前にさしかかったとき、中から出てきた若い外国人のカップルが自転車をスタートさせた』という何気ない描写。そこに、『リズミカルに揺れる金髪の頭越しに、大文字の「大」の字が刻まれた緑の山肌がのぞめた』とまたもやこの一文だけでそこに京都の絵がふっと浮かび上がるこの場面。京都が好きな人にはたまらない、全編どこを切っても京都という街の魅力満載な作品だと思いました。
そしてそんな京都の街の中に描かれる大学の風景も印象的です。『左京区』の入る書名で匂わされるその場所。『たまに機動隊に封鎖されちゃうんだけど』という『近衛通沿いのその寮に足を踏み入れる』という花の描写など、作品の中に大学名は登場しませんが、瀧羽さんの母校・”京都大学”をそこかしこに感じさせるのも、この作品の魅力です。そんな大学は、関西圏にあるものでもあります。となると欠かせないのは食です。そんな食のシーンも鮮やかに登場するこの作品。『それがたこ焼きパーティーの略だということがわかったのは、寮に着いてからのことだ』と花が驚いたのは、龍彦たち三人の男子と共に開いた『タコパ』の描写でした。『手前のちゃぶ台には立派なたこ焼き器がのせてある』というその場所。『鉄板のまるい穴はクリーム色のタネで埋められ、その横のボウルも同じどろりとした液体で満たされていた』と始まった『タコパ』。『熱々の表面にのせたかつおぶしが、へなへなとソースに寄り添う』というその描写。『今日って、たこ一匹分使ったん?』『うん、ヤマネんちから届いた分まるまる使い切った。いい味出てるやろ?そんじょそこらのたこ焼きとちゃうで』と続く極めて自然な関西弁の描写と共に盛り上がる『タコパ』の場面は、経験しないとわからない関西ならではの食の魅力と、それを味わう幸せなひと時をとても自然にリアル感を持って伝えていると思いました。
そんなこの作品のもう一つの魅力が、花と龍彦、文系女子と理系男子の間に生まれた恋模様の描写です。『七月七日にわたしたちは出会った』というなんともロマンチックに始まる物語は、それだけだと、”そういうのは興味ないです”と切り捨てられる人もいそうな印象を受けます。しかし、そこで描かれていくのは、花の大学卒業までの9ヶ月に渡って、鴨川の流れのようにゆっくりと、穏やかなに展開していく二人の落ち着いた恋の物語でした。大学生の恋の物語と聞いてどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか?確かにそれは青春の物語です。しかし、高校生の恋とは違います。主人公である花も『歴代、というほど経験豊富ではないけれど』と表現されるように今までにも複数の恋を重ねて来た女の子です。単なる初々しさではなく、花の心の動きで魅せていく瀧羽さん。『どうしてこのひとなんだろう。どうしてこのひとが気になってしかたないのか、笑顔を見るだけで条件反射のように力が抜けてしまうのか、自分でもわけがわからない』と、その恋に戸惑う花。恋に初々しいわけでもないのに『会いたいと思い続けていたくせに、短い会話が成立しただけでなんとなく満足だった』と、あくまでゆっくりと展開していくその恋は、文系女子と理系男子という背景の上に絶妙な温度感をもって描かれていきます。それが『数学は、やればやるほどはまるねん。歯止めがきかへん』、『予想が証明できたり答えの数字が出たりしたらおしまいってわけじゃないねん。逆に知りたいことがどんどん増えてくねん』と、龍彦が熱中する数学の世界の描写でした。そんな龍彦に戸惑う花。しかし、次第に龍彦のことを理解していく花は『ちゃんと知っている。たっくんにとって数学以外のことがどうでもよくなってしまうことも、そして、どうでもよくなってしまう一切がっさいに、わたし自身も含まれていることも』という一つの思いに到達します。『ずっと不安だった。今まで、ずうっと。わたしには数学のことはよくわかんないから』という花の想い。『でも、わからなくてもかまわない』、『そばにいたいの』と龍彦に寄り添っていく花のどこまでも真っ直ぐで、ひたむきな想いが描かれるこの作品。大学生の恋の物語なのに、この作品ではデートらしいデートのシーンさえ描かれることはありません。しかし、この作品で描かれる恋の物語は、心と心の繋がり、もっと高い次元で繋がっていく二人の恋の物語でした。これ、味があるなあ、とそんな想いが読後に後をひくこの作品。瀧羽さんが描く恋の物語の上手さをとても感じました。
『その朝、わたしは寝坊をした』、という運命の朝から始まった七夕の一日は『ブルーベリーをこぼしたおかげで、わたしはたっくんにめぐりあった』という運命の瞬間へと繋がっていくものでした。大学という時代を思い出して、そこにどんな光景を思い浮かべるかは人それぞれだと思います。個人的なことを言えば、私は極めて不完全燃焼な四年間を過ごしたと未だもって後悔しています。そんな目には、この物語はあまりに眩しすぎる世界でした。京都の街のリアルな描写を、まるでスナップショットのように切り取って描いていく瀧羽さん。その素晴らしい筆致にただただ魅了されるこの作品。『タコパ。花火。学祭』とリアルな大学生活の魅力を存分に感じることのできるこの作品。そして、『ふたり乗りの自転車をこぎながら、振り向いた横顔』、『なんか、どんどん好きになる』、と花と龍彦の恋の物語が絶妙な温度感で描かれるこの作品。そこに展開される眩しいほどの青春を感じさせる作品世界に、いっ時を忘れてすっかり魅了された絶品だと思いました。
瀧羽麻子さん、あなたの作品は私のど真ん中に突き刺さりました!
眩しい青春の煌めきをありがとうございました!!