・「オレは…この島が嫌いだった。いつ見ても変わらない景色、海の香り、波の音…
ちっぽけな島で生まれて、ただ生きて、死んでいく。どこに行っても知り合いばっかりだ。
オレは何のために生まれてきたのか…これじゃまるで井の中の蛙だ。
中学の頃からそんなことばかり考えていた。高校で本土にいた時には、正直
...続きを読む帰りたくなかった。
でもオレは一人息子だ。病気がちのおふくろを見捨てるわけにもいかない。
オレはあきらめた。そして、おまえの母さんと見合い結婚したんだ」
・「オレはもう自分の気持ちを抑えられなかった。
毎晩のように、おまえの母さんと話し合った。一緒にこの島を出ようと言い続けた。
出て何をしたいの?と訊かれても、オレは閉塞感から、ただ島を出たいとしか言えなかった」
・「おまえの母さんは、この島の全てが好きだった・・・島や人や、波の音や、
海や山の香りや・・・全てが好きだと言った…よく見て、よく聞いていれば、オレにもわかると言った」
・「この一週間・・・ずっと寝たきりで、窓から見えるのは空だけだった。
毎日毎日、無心に空を見続けた・・・ここを出てからの暮らしを振り返ってみたりもしたよ。
そのうち、あることに気がついた。
潮の香り、海風の音…砂浜に押し寄せる波の音…
耳や目や鼻を研ぎ澄ませば、一日たりとも、同じ香りや、同じ雲や、同じ波の音はなかった。
オレはこの年になって初めて気がついたよ」
・「一日として同じ日はない・・・今日と明日じゃ波も雲も風も香りも、みな違う。
憧れてた本土の空はどうだったか…風は?雲は?
何も思い出せん…思い出せるのは、病院で嗅いだ薬の匂いだけだ」
・「お前を見て気がついた。『どこ』じゃない」
・「今さら何を言っても許してはくれないだろうが・・・すまなかった…
今ならわかる。この島の良さも、お前がここを出なかったわけも。
ここにいるだけで、何もかもがあたたかい」
・「人を信じる。心底信じる。もしかすると、その気持ちが癌をやっつけてくれたんじゃないかと思ってます。
そう思わせてくれたのは、コトー先生、あなただ」