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“駄サイクル”に陥らぬように『ネムルバカ』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー

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こんにちは、鷹野凌です。今回は、2006年から2008年にかけて徳間書店の漫画誌「月刊COMICリュウ」で不定期連載されていた、漫画『ネムルバカ』をレビューします。著者は石黒正数さん。代表作『それでも町は廻っている』(少年画報社)や、いま連載中の『天国大魔境』(講談社)ではなく、あえてこの作品を取り上げます。単行本は全1巻。まだなにものでもないモラトリアム(猶予期間)な大学生の日常を描きつつ、鋭いセリフが心をえぐってくる作品です。

『ネムルバカ』作品紹介

ネムルバカ

『ネムルバカ』 全1巻 石黒正数 / 徳間書店

同じモラトリアムでも、やりたいことの有無で大きく異なる

バンド活動に力を注ぐ貧乏学生の鯨井ルカ(くじらい・るか)は、ライブハウスではけっこう人気があるバンドのボーカルです。怠惰な学生生活を送っている入巣柚実(いりす・ゆみ)は、大学の女子寮で鯨井と同室。二人は先輩、後輩の関係です。

この二人のちょっとした日常を描いた作品なのですが、モラトリアムな学生時代を過ごした身としては、鋭いセリフにいちいち心をえぐられます。鯨井は

「先の見えない先行投資って空しいな」

「ある程度まで行った所にめちゃくちゃ硬くて厚い壁があるんだ」

とぼやいてはいますが、それでももがいて、あがいてます。

入巣はそんな鯨井に憧れつつ、やりたいことも特技もなく、なんとなく大学へ行って、なんとなくバイトして、飲みに行って酔っぱらって吐いて……という、恐らく圧倒的大多数の学生が辿ったであろう典型的な日常を過ごしています。私も似たような学生でした。いや、もっと酷かったかもしれません。

“駄サイクル”は自らを戒める言葉

私がこの作品を知ることになったきっかけは、タイトルにも挙げた「駄サイクル」という言葉を紹介されたこと。これは鯨井による造語で

「ぐるぐる廻り続けるだけで一歩も前進しない駄目なサイクル」

のことです。

本当に身になる辛い修行はせず、正式に裁きを受けるコンペやコンクールにも出ず、仲間内だけで作品を見せ合い褒め合い、馴れ合いの中で自分に才能があると錯覚してしまう――そんな状態に陥っては駄目だ、そんなところに留まっていては駄目だ、という自らへの戒めを込めた言葉でもあるようです。

だからこれは、努力し続けている人に向かって、他者が揶揄して投げかけるための言葉ではないように思います。ただ、本人は努力し続けているつもりでも、ついつい居心地がいい方へ向かってしまうのが人間です。同じところを廻り続けていないかを、ときどき客観視する必要がある、ということでもあるのでしょう。

「なんの目的もなくただ毎日生きてんのかよ!?」

しかし、なにか目的を持ってぐるぐる廻り続けているなら、まだマシだと言えるでしょう。「駄サイクル」以上に心をえぐられる鯨井のセリフが

「なんの目的もなくただ毎日生きてんのかよ!?」

です。やりたいことがない、特技もない。あれもない、これもない。ただなんとなく生きて、時間を費やすのみ――そんな学生時代を過ごしてしまった、過去の怠惰な自分をぶん殴りたくなります。

鯨井はさらに

「やりたいことがないって公言するのも何も出来なかった時の言い訳なんじゃねぇ?」

と追い打ちをかけます。いつごろからか、努力するのが格好悪い、真剣なのは格好悪い、一生懸命は格好悪いなどといった、いま思えば意味のわからない風潮に流されてしまった自分を思い出します。

フィクションの中ではなく、いつかリアルで耳にした

「なにマジになってんだよ」

という、エネルギーを急速に奪っていくセリフ。いまなら鯨井のように「うるせえこのボケ!」と殴り返してやれるかも? 走り続け、もがき続け、壁にぶつかって倒れても、また立ち上がればいい。そんな熱い青春ストーリーには見えないかもしれないけれど、実は心をえぐり、奮い立たされる作品です。

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