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戦時下であっても日常は続く『この世界の片隅に』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー

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こんにちは、フリーライターの鷹野凌です。

今回は、こうの史代さんの漫画『この世界の片隅に』をレビューします。第二次世界大戦前後の広島・呉を舞台に、主人公・浦野すずの家族とその周囲の「日常」を描いた作品です。

双葉社の青年向け漫画誌『漫画アクション』に2009年まで連載されており、上・中・下巻の単行本が発売中。第13回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門優秀賞を受賞しています。

クラウドファンディングによって劇場アニメ化され、本稿執筆時点で全国上映されています。主人公・浦野すずを演じるのは女優・のんさんです。

■ 劇場アニメ「この世界の片隅に」公式サイト

この世界の片隅に

完結『この世界の片隅に』 全3巻 こうの史代 / 双葉社

拍子抜けするほどなにげない日常から物語は始まる

「第二次世界大戦」や「広島」、そして軍港だった「呉」というキーワードから、どうしても戦争、空襲、原爆、そして悲惨な死をイメージする人も多いことでしょう。私もこの作品を読む前は、正直、少し身構えていました。ところが実際に読み始めてみると、拍子抜けするほどなにげない日常から物語が始まります。

主人公のすずは、広島市江波生まれの絵を描くのが好きな女の子。家業は海苔梳きです。家の手伝いで学校を早退して料理屋へ海苔を届けたり、お盆に草津の親戚を訪ねたり、写生の授業で同級生の代わりに絵を描いてあげたり、といった幼少期。人さらいのおじさんが牙だらけだったり、屋根裏から見知らぬ子供が現れたりと、恐らく空想も混ざっているのでしょう。少し不思議な雰囲気です。

成長したすずの元に舞い込む縁談。そして祝言。夫婦となった二人。見知らぬ町、見知らぬ人々。夫の姉は、すずが気に入らないのか、なにかときつく当たってきます。しかし、明るく素直で大らかなすずのペースに巻き込まれ、気づくと周囲はいつも笑顔。幸せな日々が続いていきます。すずの天然っぷりに、何度もニヤリとさせられました。

それが当時の庶民が生きる日常だった

ところがそのなにげない日常に、少しずつ戦争の匂いが漂ってきます。連帯責任制の隣組、出征する兵士へ贈る千人針、軍需工場へ動員される女子挺身隊、呉港に停泊する戦艦大和、お米を節約する炊き方の楠公飯(なんこうめし)、空襲での延焼を防ぐ建物疎開、防空壕掘り、威張り散らす憲兵、砂糖の配給など、楽しい日常の中に、少しずつ不穏な空気が混ざってきます。

やがて幸せな日々は、戦争によって壊されていきます。爆撃され廃墟となる海軍工廠。毎日何度も鳴る空襲警報。真っ赤に燃える町。身近に起こる悲劇。そして昭和20年8月6日の原爆投下。歴史を知っていれば読む前に予想できる展開ではありますが、やはり胸にこたえます。しかし、それが当時の庶民が生きる日常だったのです。

戦時であっても、人々には生活があります。戦時であろうと、笑うこともあれば、怒ることも、泣くこともあります。劇場アニメのキャッチコピーは「わたしは ここで 生きている。」ですが、まさしく、生きている限り日常は続いていくのです。終盤の

「泣いてばっかりじゃ勿体ないわい」

という友人のセリフとそれに続くすずたちの言葉がたくましい。涙をぐっとこらえ、笑いながら日々過ごしたいと思える作品です。

この世界の片隅に

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