シンプルで素朴なSFだからこそ面白くて、考えさせる事も多い。
隕石の衝突と人類滅亡という、オールドファッションな題材を、1950年代というオールドファッションドな舞台で語られる。
科学は未だ素朴であって、大量生産・大量消費というway of life の時代。
科学はまだ手の届く範囲にあって、
...続きを読む最新技術がIBM(パンチカード式計算機)だった時代だ。
科学者は皆、暗算か筆算で計算するのが主だった。
軌道計算も手計算がメインで計算機はサブに過ぎない。
思えば実際の歴史でもよくこんな時代に宇宙開発なんてものに手を出したなぁという驚愕と共に、科学と科学者たちの苦労、アイデアがいまの時代につながっているんだなぁなんて改めて感慨深くもなる。
使い古された題材に、リアルな記憶が残る時代背景。しかし、この物語は決してノスタルジーものではない。断じて。
昨今の科学技術は素人というか多くの人にとって距離が離れてしまった。
便利に使っているスマホの中身など知らないし、ましてやプログラムも高度で複雑だ。
車のエンジンも家電製品も気密性(機密性)が高まっているからおいそれといじれない。
技術や科学から人の存在を感じにくく、科学や技術と人との距離がどんどん広がっている気分になる。
しかし、1950年代はというと、技術や科学は手が届く範囲にあって、テレビや雑誌で科学特集も多かっただろうし、車の調子が悪ければ近所の詳しいおじさんに話せばちゃちゃっとエンジンいじってくれたりもあっただろう。
この物語の主人公は女性だ。
当時の米国もというと公民権運動、黒人差別、女性蔑視と必ずしもユートピアではなかった。
しかし、まだ科学や技術は手の届く範囲で、だからこそこの物語では、ロケットや軌道の説明セリフもシンプルで素朴だ。
女性蔑視や人種差別という葛藤も、多数派(差別側)も被差別側も描かれ方はわかりやすい。
さらに、隕石の衝突によって生じる気候変動も、シンプルに劇的で空恐ろしい。
この物語で描かれている葛藤や問題は現在進行形の問題でもある。しかしそれらは複雑すぎて“手に負えない”という無力感・無関心、諦念を我々に引き起こしているのかもしれない。
素朴でシンプルな時代が舞台である分、人種差別や女性蔑視、気候変動も未解決のままむしろ今は悪化しているのではないかということに気づかせる。
これらは米国だけではなくて、日本だって同じなのだ。
50年代については親さえ生まれてないから実際のことは知らない。
しかし、少なくともテレビは芸人が叫んでいるバックに笑い声を被せているだけで中身のない番組ばっかりじゃなくて、ジャーナリズムや文化芸術、議論は機能していて、近所の車に詳しいおじさんは実は戦争中に戦車とか戦闘機に乗ってたり整備したり工場に動員されてたりしていたんだろう。
決して当時はユートピアではない。しかし、少なくとも現在のようなディストピアではなかったのだろう。
それはそれとして、物語としてこの本は面白い。SFにありがちなオタクっぽさは皆無。
シンプルで素朴なSFだからこそ面白くて、考えさせる事も多い物語だ。