『テセウスの船』TVドラマ化で注目!時空を超えて無差別殺人の謎に迫るサスペンスを徹底解説【ネタバレ注意!】
謎の霧に包まれて、気がつくとそこは1989年の音臼村だった──。
死刑囚の父親を持つ主人公の青年が、タイムスリップで28年の時をさかのぼって、父親が犯したとされる集団毒殺事件の謎を解く。時間移動というファンタジーの要素がありながら、本格的なクライムサスペンスが展開する『テセウスの船』は、連載中から大きな反響を呼びました。2019年6月にはTVドラマの制作決定が発表され、今後ますます注目度は上がっていくこと間違いなし。そんな『テセウスの船』を書店員が徹底解説! 事件の核心には触れませんが、ネタバレありで本作の魅力を紹介します!
また、リンク先の電子書籍ストアBookLive!では、新規入会者限定の50%OFFクーポンを差し上げています。気になった方はご利用ください!
※当記事に記載の内容は全て「ぶくまる編集部調べ」です。また、当記事にはネタバレを含みます。
『テセウスの船』 1~8巻 東元俊哉 / 講談社
『テセウスの船』あらすじ
1989年6月、時代が平成を迎えたその年に北海道・音臼村で起こった無差別大量殺人事件。学校で毒をもられた小学生や教員が21人も死亡するという凶悪な事件は、村の駐在である佐野文吾が犯人として逮捕され、一旦の解決を見ました。
それから28年、主人公の田村心は、無差別殺人犯・佐野文吾の息子として、生まれてからずっと世間から隠れるようにして生きてきました。一方、死刑判決を受けた文吾は、ずっと無罪を主張し続けて、今も札幌の拘置所に。そんなある日、初めて音臼村を訪れた心は、突然あらわれた深い霧に包まれます。気づくと、そこは28年前、まだ事件が起こる前の音臼村でした。
若き頃の自分の父や母に対面することになった心は、音臼小無差別殺人事件を未然に防ぐため、行動を始めます。いったい音臼村で何が起こっていたのか? そして、無差別殺人事件の真犯人とは? 小さな村を舞台に、謎が謎を呼ぶ物語が展開していきます。
タイトルの「テセウスの船」とは、有名なパラドックスのことです。修復されることになった英雄テセウスの船。古い部品を新しいものに換えていくうちに、テセウスの船は全てが新しい部品になってしまいます。そのとき、この船は最初の船を同じだと言えるのか? という問題が生じることに。本作は「これが人間だったらどうだろう」という問いかけから、物語がスタートします。
『テセウスの船』の登場人物
田村 心(たむら しん)
主人公。無差別殺人犯の家族として、世間の目から隠れるように人生を送ってきた青年です(事件が起こったときは、まだ母親のお腹の中にいました)。それでも理解のある女性と結婚し、まもなく子供も生まれることに。しかし、出産によって妻の由紀は亡くなり、一人娘の未来が残されます。未来に自分のような人生を歩ませないためにも、もし父親が冤罪ならば、その汚名を晴らしたい。そんな思いで、心は惨劇が起こった音臼村を初めて訪れます。そこで事件前にタイムスリップした彼は、幸せだった頃の自分の父母や姉、兄と出会い、村の人間関係に深く関わるようになっていきます。
田村由紀(たむら ゆき)
心が殺人犯の息子と知っても結婚を決意した、優しく強い女性です。しかし、出産がうまくいかず、心に娘の未来を残して、この世を去ってしまうのでした。音臼村での無差別殺人事件を一人で調査していて、文吾の冤罪の可能性に気づいていました。
田村未来(たむら みく)
心と由紀の間に生まれた娘。由紀のお腹の中にいた頃から、心の吹くハモニカの音色が好きだったという、愛らしい子です。
佐野文吾(さの ぶんご)
心の父で、事件当時は音臼村の駐在でした。気さくな性格で、村人からも慕われていた警察官です。家族を大切にする若き日の文吾の姿に、心は自分が理想としていた父親像を見ます。
佐野和子(さの かずこ)
心の母。殺人犯の妻だと周囲に知られるたびに引っ越しを繰り返しながら、3人の子供を育ててきた苦労によって、今では笑顔を見せることのない老婆に。しかし、1989年の彼女はとてもよく笑う、肝っ玉母さんでした。
佐野 鈴(さの すず)
心の姉。現在はどこで何をしているのか音信不通。1989年当時は小学校5年生の明るい少女で、三島明音とは親友同士でした。
佐野慎吾(さの しんご)
心の兄。鈴と同様、現在は音信不通。10年前、学生だった心の前に現れて、わずかな現金を手渡したことがありました。1989年当時はやんちゃ盛りの6歳です。
三島千夏(みしま ちなつ)
音臼村に一つだけの医療機関・三島病院の次女。音臼小事件の前に起こった、謎めいた出来事の被害者の一人で、自宅の倉庫にあった除草剤パラコートを飲み、死んでしまいます。
三島明音(みしま あかね)
千夏の姉で、鈴と同学年の5年生。新聞配達員の長谷川のことを、「翼くん」と呼んで慕っている少女です。音臼小事件の前に起こった不可解な出来事に巻き込まれた一人です。
長谷川 翼(はせがわ つばさ)
音臼村の新聞配達員。25歳。村に数少ない若者でもあり、音臼小の子供たちに慕われています。千夏の死亡事故が起こったとき、三島医院の倉庫にいた心を疑うことに。
佐々木紀子(ささき のりこ)
長谷川と小さなアパートに同居している女性。木村敏行が営む鍍金(ときん)工場でパートとして働いています。
木村敏行(きむら としゆき)
木村鍍金工場を営む男性。小学校教員・木村さつきの父です。雪崩に巻き込まれそうになったところを心に助けられ、感謝することに。心に「未来が見えんのか?」と言います。
木村さつき(きむら さつき)
音臼小学校の教員。若く美人な先生で、子供たちに慕われています。村で働き先を探す心のために、小学校の臨時教員になれるよう周囲に働きかけます。最初は音臼小事件の被害者でしたが、ストーリーが進むと意外な姿で現代にも登場することに。
田中義男(たなか よしお)
元町会議員の老人。詩人でもあり、大きな家でほぼ寝たきりの生活を送っています。目が不自由で、ぼんやりとしか周囲を見ることができません。
田中正志(たなか まさし)
田中義男の長男。仕事のため町で寝泊まりし、週末だけ村に帰ってきて父の面倒を見ます。
金丸(かねまる)
北海道警捜査一課の刑事。三島千夏の死について捜査しに村へ。心に疑いの目を向けます。
『テセウスの船』序盤の考察
音臼小事件を巡ってさまざまな情報が飛び交い、人間関係が錯綜する『テセウスの船』。序盤の展開を解説&考察します。これを押さえておけば、音臼小事件までの流れがよりつかみやすいと思います。
音臼小事件とは?
1989年6月24日。小学校のお泊まり会で、夕食時に出されたオレンジジュースに何者かが青酸カリを混入。それによって39名が青酸中毒で倒れ、そのうち児童16名と学校職員5名の合わせて21名が死亡するという陰惨な事件が起こります。
その後、村の駐在・佐野文吾の自宅から青酸カリが発見され、逮捕されます。しかし、最高裁で死刑判決を受けながら、佐野は無実を主張。再審請求を繰り返し、28年後の現在も札幌の拘置所に留置されているのでした。
由紀ノート
音臼小事件から自分を遠ざけて生きてきた心。一方、妻の由紀は事件について詳細に調べて、当時の新聞をスクラップしていました。由紀の死後、心の手元に残されたのが、そのノート。それを携えて音臼村を訪れた心は、そのまま1989年1月7日にタイムスリップ。村で不可解な出来事が起こる度にノートを開き、事実関係を確認します。1989年の世界で、由紀のノートは未来を記した不思議なノートとして、数奇な運命をたどることになるのです。
音臼小前の不可解な出来事
由紀のノートに記されていた、音臼小事件前に村で起こった主な事故は、以下の通りです。
- 1月7日 佐野鈴、自宅屋根の除雪中に転落。雪に埋まっているところを助けられる。
- 1月7日 三島千夏が自宅倉庫で倒れているのを発見されるが、まもなく死亡。死因は除草剤パラコートの誤飲。
- 1月12日 木村敏行が運転中に事故にあう。
- 2月5日 元町会議員の田中義男が心筋梗塞で死亡。
- 3月12日 千夏の姉・三島明音が行方不明に。
さらに4月には、村人の変死事件が起こることが、由紀のノートには記されていました。スクラップされた新聞の文面や、由紀の自筆によるメモは細部まで読み込むと、事件へのヒントがそこここに隠されています。心の目の前でこれらの出来事が実際に進行するのですが、ノートに書かれていたこととは微妙なズレが生じていきます。
過去への介入
たとえば、由紀のノートでは、1月7日に雪に埋もれていた鈴を助けたのは、長谷川翼でした。しかし、心がタイムスリップしたことで、鈴を救ったのは翼ではなく心になります。自分が過去を変えてしまっていることに気づいた心ですが、6月に起こる音臼小事件を回避するため、それでも過去に積極的に介入していきます。そして、やがて2017年に戻ったとき、彼の28年の半生は大きく変わっていたのでした。
過去を変えることで、現在の自分を作り上げたものが変わる。つまり、修復を重ねて新しいパーツに換えられていく「テセウスの船」というのは、心自身のことでもあるのです。
犯人の影
1989年1月、由紀のノートには記されていなかった、小学校のウサギの惨殺事件が発生します。佐々木さつきによれば、今までにも2羽のウサギが死ぬ出来事があり、いずれも殺された形跡があったとのこと。最後に残された1羽は妊娠中のウサギでした。
ウサギが殺されてまもなく、子供たちは長谷川翼に引率されるような形で田中義男のお見舞いに。その場で誰かが、目が不自由な田中に、「犯人が、赤ちゃんがいるウサギの方を生かしておいた理由が分かるか」とこっそりと尋ねるシーンがあります。これをつぶやいた誰かが、ウサギを殺し、やがて無差別殺人を起こす真犯人なのでしょうか? 大きなヒントが与えられるシーンが序盤に登場します。
また、田中の家には誰かが残していった不気味な絵が。これと同じタッチの絵が今後も登場し、ストーリーの重要な要素になっていきます。
『テセウスの船』、5つの見どころ
父との絆・家族への思い
生まれたときから、無差別殺人者の息子だった心。父がどんな人間だったのか、あえて考えずに現在まで暮らしてきました。そんな心は、1989年にタイムスリップして32歳の父と出会ったとき、初めて生身の父の姿を見ます。そして、母、姉、兄の姿も。佐野家に居候することになった心は、自分の家族がかつてはこんなに笑顔に溢れていたことを知ります。
文吾は、これから生まれる息子(心のこと)に正義(せいぎ)という名を付けようと考えていました。生まれながらの悪人はいない。どこかで間違えてしまう一人の人間を救いたい。そんな文吾の思いが、この名前には込められているのでした。
文吾は最初、心を警戒しますが、やがて信用するように。2巻には二人で温泉に出かけるシーンがあるのですが、心にとっては初めての父との裸の付き合いで、コミカルに描かれつつも胸に迫るシーンになっています。家族ドラマの『北の国から』を小道具として使っているのも、実に巧み。ここから二人は、この先、村で起こる不幸な出来事に協力して立ち向かうことに。
謎のテープ
1巻で千夏の事故が起こった後、セリフと墨ベタだけのコマが突然、挿入されるページがあります。最初にガチャという音がして、千夏を殺した犯人が自分の肉声をテープに吹き込んでいることがわかります。このように犯人が声をテープに吹き込むシーンは、その後、何度も描かれていくことに。犯人の思考がわかるのと同時に、その口調や言葉の選び方にも注目して、読んでいきたいところです。
霧
心を1989年にタイムスリップさせた「霧」。それは心が音臼村で一人でいるときに発生しました。次に霧が発生するのは4巻。それによって心は2017年に戻ることになり、自分にとっての「現在」がすっかり変わってしまったことを知るのでした。
さらに三度目に霧が現れたとき、心は再び1989年へと戻ることになります。こうして、心が時空を行き来する度に、過去と現在がどんどん姿を変えていくのです。
変わる過去と現在
4巻で2017年に戻った心は、音臼小事件の記事を読むことによって、事件の細部が微妙に変わっていることに気づきます。青酸カリが混入された飲み物が、6月24日の夕食に出されたオレンジジュースから翌朝に出された牛乳に変わり、死んだはずの人間が生き残り、助かったはずの人間が犠牲者に。自分が2017年に戻ってしまった後、1989年の音臼村では何が起こったのでしょうか?
また、音臼小事件後の心の家族の運命も、以前とは大きく変わっていました。ここは中盤の衝撃の展開なので、ぜひ実際に味わっていただきたいところです。さらに、新たな2017年の世界で、心は次々と28年後の村人たちと再会することになります。
惨劇へのカウントダウン
変わってしまった2017年の世界で、とある人物から、音臼小事件の謎に迫る情報を手に入れることができた心。そんな彼が三度目に霧に包まれ、1989年に戻るのが8巻です。霧が発生する直前にひどい怪我を負ってしまった心は倒れ込んでしまい、意識が戻ったのは1989年6月20日。音臼小事件まであと4日という日でした。ここから、物語はいよいよ佳境に。音臼小の子供たち、そして自分の家族を守るための、心の最後の戦いが始まっていきます。
これからの『テセウスの船』
すでに連載が終了した本作。ラスト2話は週刊誌で読んでいた読者に大きな衝撃を与え、『テセウスの船』というタイトルが付けられた理由が分かった、などとSNS上でも話題になりました。単行本は8巻まで刊行中。最新巻まで読んだ目で1巻に戻ると、最初は何気なく読んでいた細部が、すごく気になるようになります。8巻の段階で犯人の正体はかなり絞られてきましたが、まだまだ謎は残っています。これから訪れるクライマックスに期待です!