「北条早雲」像を払拭する『新九郎、奔る!』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー
今回は『新九郎、奔る!』(しんくろうはしる)をレビューします。室町時代、応仁の乱を経て戦国時代へ突入していく中で活躍し、のちに「戦国大名のはしり」と言われた伊勢新九郎盛時、一般には「北条早雲」として知られる小田原北条氏の祖の生涯を描いた歴史ロマン作品です。著者はゆうきまさみさん。当初、小学館「月刊!スピリッツ」で連載され、2020年1月の新章から「週刊ビッグコミックスピリッツ」へ移籍して連載中。単行本は4巻まで刊行中です。
『新九郎、奔る!』作品紹介
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『新九郎、奔る!』 1~4巻 ゆうきまさみ/小学館
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下剋上の先駆けと呼ばれた「北条早雲」像を払拭する物語
本作は冒頭、伊豆国北条鎌倉公方の御所を新九郎が襲撃する、のちに「伊豆討入り」と呼ばれるシーンから始まります。戦場で、
「明日からは 俺の主は 俺だ!」
と志を胸に秘める新九郎。場面はすぐに過去へと戻り、新九郎が11歳のとき、まだ幼名・千代丸と呼ばれ京都に住んでいたころから、改めて物語がスタートします。時は応仁の乱の直前。八代将軍・足利義政が、弟・義視(今出川)を後継に選んだ2年後に世継ぎが生まれ、家督争いが起きた「文正の政変」に、千代丸たちは巻き込まれていくのです。
応仁の乱で東軍を率いる細川勝元、西軍を率いる山名宗全なども登場。千代丸と会って、会話を交わすシーンも。私は高校生のとき日本史を選択したはずなのですが、応仁の乱の勢力図は複雑で、当時も頭に入れるのが難しく、いまではすっかり忘れてしまっています。本作を読んで、もう一度勉強し直さないとなあ、という気持ちになりました。
また、冒頭の「伊豆討入り」のシーンは、私の頭にこびりついている「下剋上の先駆け」や「梟雄」などとも呼ばれていた「北条早雲」像を強く想起させられたのですが、近年の研究ではすでにそういう「北条早雲」像はほとんど否定されているそうです。マジか。
つまり本作はこの冒頭の場面へ至るまでに、新九郎の周囲でどんな出来事があったのか? を描きつつ、古い、そして私の中にも残っている「北条早雲」像を、すっかり払拭していく物語になるのでしょう。たぶん。
ときどきユーモアのあるシーンも
ところで、本作は基本、シリアス路線です。でも著者のゆうきまさみさんは、代表作に『究極超人あ〜る』などギャグマンガもあるお方。ときどきユーモアのあるシーンが挟み込まれ、緩急のある展開になっています。たとえば、新九郎の伯父(義母の兄)にあたる伊勢守貞親が、子供もいるので人物相関について説明を、と新九郎の父・伊勢備前守盛定に求めた場面。盛定は、
「失礼仕る!」
と、垂れ幕に描かれた相関図をコマの外から降ろすのです。マンガ的メタ表現に、思わず笑ってしまいました。その様子を当たり前のように見ている貞親が、なんともシュール。歴史物語を、歴史を知らない人が読んでも分かるよう、人物や背景の説明は必要不可欠です。それを登場人物にやらせることで、作品への没入感を極力削がないように、という意図もあるのでしょう。こういう説明手法、ゆうきまさみさんの他の作品でも見たことあるような?
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