一風変わった“日常系”『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー
最近“フリーライターの”と名乗らなくなった鷹野凌です。今回は、新潮社「月刊コミックバンチ」で連載中のマンガ『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』をレビューします。前回のレビューでは、東京藝大への入学を目指す高校生のお話『ブルーピリオド』を取り上げましたが、本作はその東京藝大の学生たちのお話です。
原作の著者は、小説家の二宮敦人さん。自身初のノンフィクション作品となります。二宮さんの妻が東京藝大の現役学生(当時)で、濃厚に漂う「別世界の気配」(言い得て妙です)に惹かれた二宮さんが、「芸術家の卵」たちの楽園に潜入取材したレポートになっています。
コミカライズ版は、この4月に単行本1巻が出たばかり。著者は美大卒で新潮社漫画大賞受賞者の土岐蔦子さんで、本作が連載デビュー作。なお、原作がノンフィクションなのに対し、本作はマンガとしての構成上、一部創作要素が加えられているとのこと。タイトルに「天才たちのカオスな日常」とありますが、まさにカオスな感じです。
『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』作品紹介
『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』 1巻 二宮敦人/土岐蔦子/新潮社
『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』を試し読みする
妻の奇行から、別世界を生きる藝大生の生態に興味を持つ
本作は、小説家の主人公「僕」の妻が、自宅アパートでノミとゲンノウを使ってなにかを削っているシーンから始まります。「僕」の妻は東京藝大彫刻科の現役学生。課題なのでしょうか、削り出しているのは大きな亀。
「僕」が妻に意味を尋ねると、妻は微笑みながら
「亀に座れたら楽しいからねぇ」
と答えるのです。えっと、いきなりなにかがズレています。
また、夜中にふと目が覚めた「僕」は、妻がまだ起きてなにかをしていることに気づきます。そっと洗面所を覗くと、そこには白いマスクをかぶった妻の姿が! なにをしているか尋ねると、やはり
「課題」
だと答える妻。全身像を作ろうと思い、自分の体の型を取っていたというのです。
そういった妻の奇行の数々から「別世界を生きる人々の気配」を感じた「僕」は、東京藝大へ潜入取材をすることにしたのです。タイトルに「最後の秘境」とありますが、実際、藝大の関係者じゃなければ近づくこともないでしょうし、普通の大学ではないので、中でどんなことが行われているか想像しづらいところではあります。確かに秘境だ。
一風変わった“日常系”
上野駅から東京藝大へ向かうと、右が音楽学部(音校)、左が美術学部(美校)と、道路を挟んでキャンパスが分かれています。右の人たちはやたらまばゆく、左の人たちは個性的(というか変)。かなりコントラストが強いです。「僕」は、その両方へ取材し、さまざまな生態を明らかにしていきます。
隣接する上野動物園で死んだペンギンを貰い受けてしまった人や、音校のごみ捨て場を漁ってしまう人(妻)、シャッターや壁に落書きアートを描く「グラフィティ」にはまっていた人など、アートの世界に生きている人たちの、鋭い感性とちょっと変わった生態の数々に圧倒されつつ、なんだかほっこりできる作品です。
あまりみんなが知らない世界を描いた作品という意味では“仕事系”に近い、一風変わった“日常系”だと言えるでしょう。
『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』 1巻 二宮敦人/土岐蔦子/新潮社