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若きプロ棋士の成長を描く『3月のライオン』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー

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こんにちは、フリーライターの鷹野凌です。

今回は、白泉社「ヤングアニマル」で連載中の漫画『3月のライオン』をレビューします。著者は羽海野チカさん。単行本は本稿執筆時点で13巻まで刊行中。史上5人目の中学生プロ棋士の成長と、その周囲の人間模様を描いた作品です。監修にはプロ棋士の先崎学さん(1巻の時点では八段、本稿執筆時点で九段)。日本将棋連盟も取材協力しています。本稿執筆時点で、テレビアニメの第2シリーズがNHKにて放映中です。文部科学省のいじめ防止への取り組みを普及啓発する趣旨で、コラボレーションも行われています。今年の春には実写映画も公開されました。

■ 羽海野チカ『3月のライオン』白泉社公式サイト

■ TVアニメ「3月のライオン」公式サイト

■ 『3月のライオン』×文部科学省コラボレーションページ

■ 映画「3月のライオン」公式サイト

3月のライオン

『3月のライオン』 1~13巻 羽海野チカ / 白泉社

心を閉ざした幼き勝負師

本作の主人公は、高校生プロ棋士の桐山零五段(1巻時点)。幼いころ両親と妹を事故で亡くし、天涯孤独の身になったところを亡父の友人のプロ棋士の家に引き取られ「将棋の家の子」になったという悲しい経歴の持ち主。生きるため将棋が好きだと人生初の嘘をつき、奨励会に入って将棋を学び続けるうちに、育ての親の子供の実力を追い抜いてしまいます。

自身を、托卵で巣を占領するカッコウのようだと自嘲し、心を閉ざして将棋に没頭する零は、中学生のうちに四段へ昇格。史上5人目の中学生プロ棋士になった零は、育ての親の家を出て一人暮らしを始めるのです。すべてを将棋に注ぎ込んだかのように、将棋盤と駒と棋譜のコピーが床に散らばり、カーテンすらない零の部屋。荒涼とした零の心を描写しているかのようです。

そんな零が、たびたびお世話になっているのが、隣町に住む川本家。老舗和菓子店の店主である祖父と、銀座の伯母の店で働く長女・あかり、中学生の次女・ひなた、幼稚園児の三女・モモの三姉妹、計4人が暮らす古い家。零は「食べにおいで」という誘いを断り切れず、川本家へ通うようになるのです。なお、この辺りの過去は、回想シーンによって途切れ途切れに描かれています。

若きプロ棋士を描いた作品なので、メインとなる題材はもちろん将棋ですが、むしろ零の人間的成長を描いた作品と言えるでしょう。とくに川本家の人々との交流によって、閉ざされていた零の心が開いていくさまは、胸を打たれます。零の心が開きすぎて、たまに暴走することがあるのはご愛敬。微笑ましいと思えます。

なお、監修の先崎さんによると、昇級や降級がかかった棋士たちは順位戦の最終局が行われる3月に、この作品のタイトル通り「ライオン」になるそうです(2巻17話の後のコラム4)。「闘争心」とか「負けず嫌い」といったイメージでしょうか。自分から「負けました」と認めなければならないという将棋のルールは、負けず嫌いの人にとってある意味残酷な気もします。

こんなお楽しみ要素も

本編以外にも、さまざまなお楽しみ要素があることも本作の魅力の1つです。たとえば各話のあいだにはときどき、監修の先崎さんによる「先崎学のライオン将棋コラム」が挟み込まれています。将棋のルールや詰め将棋、段位についてや、タイトル戦・順位戦の説明、作中に登場した盤面の解説など、将棋を知らない人に優しく、好きな方にも嬉しい、漫画以外のコンテンツも充実しています。「穴熊」という戦術で、穴に入った王がなぜかすぐに穴から出てしまうような棋譜をお願いされ頭を抱えた(2巻18話)というエピソードは思わず笑ってしまいました。

また、各話の扉絵は、連続したストーリーになっている場合があります。例えば1巻では、零、ひなた、モモが3人で歩きながらアイスを食べていたら(2話)、モモが落としてしまい(3話)、ひなたがモモに自分のをあげて、零がひなたに自分のをあげて(4話)、モモが「当たり」を引いて(5話)、あかりにプレゼントする(6話)という心温まるお話。そして、各巻の冒頭には扉絵で用いられたイラストのカラー版が収録されており、眼福です。

なお、本作の舞台である「三月町」は架空の町ですが、東京都中央区月島周辺の実在する風景が描かれています。老舗和菓子店「三日月堂」のモデルと噂されている佃煮屋「天安」、隅田川沿いの佃公園、零が住む六月町から三日月町へ向かう中央大橋、並び立つ2つの高層ビルの中空に連絡通路がある印象的なフォルムの聖路加ガーデンなど。また、渋谷区千駄ヶ谷の日本将棋連盟・将棋会館や、その近くにある鳩森八幡神社なども登場します。近くへ行く機会があれば、聖地巡礼などもいかがでしょうか。

3月のライオン

『3月のライオン』を試し読みする

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