一つの事件に対し、複数の解決への仮説が示される、ミステリのジャンルの一つ「多重解決」もの。しかし、この『虚構推理』はその「多重解決」ものを一段階超えていくものかもしれません。
ミステリの限界をメタ的に捉えつつも、それを奇想天外な設定と、緻密な展開で本格ミステリに転換してしまう。「多重解決」ならぬ「多
...続きを読む重解決創作」ミステリともいうべき、新しい本格ミステリの匂いがしてきます。
ベレー帽をかぶり、つねにステッキをつく小柄な少女の岩永琴子。いつも通院している病院で、桜川九郎という大学生に惹かれた岩永は、九郎が最近彼女と別れたと聞き、早速アプローチをかける。そして徐々に二人の規格外の能力が明らかになっていく。
それから数年後、ある地方都市で亡くなった女性アイドルが深夜、鉄骨を振るい人を襲うという〈鋼人七瀬〉の都市伝説が囁かれ、実際にその目撃者が現れ始める。そしてその鋼人七瀬は、女性警官の弓原紗季の前にも姿を現す。七瀬に襲われそうになった紗季を救ったのは、岩永琴子だった。
妖怪や亡霊、怪異や怪奇が普通に現れます。鋼人七瀬も、人間が化けている、真犯人がいるというものでもなく、本物の亡霊の一種。そしてその亡霊は、琴子曰く人間の想像力が生んだとのこと。ネットなどで、鋼人七瀬の都市伝説が拡散し、それに興味や、好奇心を持った人が増えるほど、亡霊はますます力を強めていく。
鋼人七瀬を倒すために必要なのは、人々の興味や好奇心を満足させつつも破綻のない、都市伝説を完結させる解決を与えること。事件は亡霊が起こした、なんて身も蓋もない解決は、世間には受け入れられない。だからこそ辻褄があった、合理的で現実と矛盾しない、なおかつ面白くて世間が満足する真相を作らなければならない。
実際の事件に対して、犯人や証拠だけでなく、動機や設定に至るまで、琴子は現実と照らし合わせながら、一から十まで「虚構」を作りこんでいく。
本来ミステリは一つの真実を解き明かすものなのに、この『虚構推理』は真実を作ることをミステリとしてしまう。まさに離れ業というべきか、その逆転の奇想がとても面白かった。
推理シーンもかなり読み応えがあります。普通のミステリなら関係者全員集めて、探偵が推理を披露するところですが、『虚構推理』の場合は、関係者とはネット上の鋼人七瀬に興味を持ち、情報を拡散する人々すべて。
琴子はネット上に4つの推理をあげ、疑り深いネット民たちにそれぞれの真相を提示しますが、その真相もバリエーション豊か。大がかりな物理トリックから、逆に亡霊の存在を認めるものまで多種多様。そんなばらばらの推理にもある理由があり、それが最後に語られる4つ目の真実へ紡がれる。
4つ目の真実とその目的が明らかになったとき、詰め将棋を連想しました。すべて琴子の狙い通りに物事が進行し、そして最後の怒涛の展開に至る。4つの真実の論理、それも本格ミステリ的ですが、それぞれの推理が伏線となり、最後につながっていくのもまさに本格ミステリ的です。
そして推理の勢いの凄まじさは、ネット上の推理ならではかもしれない。4つの推理はそれぞれに、荒唐無稽なところは含んでいるのですが、ネットの世界は時折、細かい点よりも面白さが先に立ち、狂乱のお祭り状態になる。
多少のツッコミどころよりも、面白さやインパクトが優先される。そうしたネットの雰囲気も取り込んだ、このミステリならではの推理劇だったように思います。これも独特で面白かった。
キャラクターや登場人物の掛け合いは、コミカルでマンガ・ラノベ的でそれも良かったのだけど、琴子の内面は意外と熱い。現実と異界、その狭間に立つものとしての矜持を持ち、それぞれの壁を守るものとして、現実と非現実の壁を壊そうとする〈鋼人七瀬〉に頭脳と論理で戦いを挑む。全体的にはサバサバした印象の強い彼女ですが、一方でその矜持の熱さもより魅力的に映る。
本格ミステリ界に現れた多重解決もののニュータイプと、そしてニューヒロイン。本格ミステリの可能性を改めて感じさせる作品でした。
第12回本格ミステリ大賞