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AIの未来を描く中篇「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」他、全9篇を収録。『あなたの人生の物語』に続く第2作品集
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Posted by ブクログ
『あなたの人生の物語』から18年ぶり2冊目の短篇集。 相変わらずどれも完成度が高く、世界設定や近未来的なガジェットは明らかになるたびワクワクさせてくれるだけでなく、私たちの現在を鋭く照射して思考を促してくる。 だが、前作に比べて幻想的なモチーフがグッと減り、倫理的な問題を扱う傾向が強くなった。そ...続きを読むのためなのか、前作では割り切ってばっさりとバッドエンドを書く作品もあったが今作はどれも道義的な決着がつくところが教訓じみていて、個人的な好みと少しズレたなぁと思った。 読んでるあいだは夢中で楽しめたけど、良くも悪くもたとえ話が上手な科学ノンフィクションの読後感。 以下各篇感想。 ◆商人と錬金術師の門 千夜一夜風の枠と語りを使ってタイムリープを描くというフォーマットがめちゃくちゃ好み。この枠組みを共有してSFアンソロジーを編んだら面白そう。「不安は自由のめまい」もそうだけど、異なる時空間や並行世界の自分と会って情報を交換することになんの忌避感も持ってないのが新鮮。もしかしてタイムパラドックスってSF界ではもう古いの? ◆息吹 機械生命の一人称小説、っていうのがもえもえ。ロボ視点とかクローン視点ってそれだけで好きになっちゃうな。機械生命のカルチャーが面白いので解剖学の話になる前の部分が倍くらいほしい。でもブラックジャックみたいに自分の脳を解剖して感心しているところなどとても可愛い。結末も、エントロピーを食い尽くすしかない生命というものを見つめながらも性善説に基づいたメッセージがピュアだ。 ◆予期される未来 決定論と自由意志をテーマにしたショートショートだが、そのために必要なガジェットがおもちゃみたいなボタンひとつというのがスマートでさすがだなぁ。実際こんなのあったら流行りそう、プッシュ耐久生配信とかやられそう。 ◆ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル ここから育児をテーマにした作品が三作続く。ディジエントはAIBOを連想せずにいられないけど、元々はバーチャルな存在なのでポストペットとかリヴリーのほうが近いのかなぁ。 タイトル通り、ディジエントというソフトウェアが生まれてから繁栄、衰退し需要が変容していく経過を淡々と描いていく。現実にこの技術があったら性産業に傾くのはもっと早いんじゃないか(というか誕生と同時ではなかろうか)と思うんだけど、問題はディジエントが自我を発達させたあとに自由意志としてその仕事を選ぶならば、というところなのだろう。 この宙ぶらりんな終わり方が不穏だ。飛浩隆の『グラン・ヴァカンス』になる未来しか見えない。 ◆デイシー式全自動ナニー 20世紀初頭に育児ロボを発明した男とロボに育てられたその息子、そして孫の物語を評伝風に描く。なんでそんなオーバーテクノロジーが実現したのかではなく、家庭生活が破綻した父と息子のドラマのほうにスポットを当てているので本書で一番SF色が薄い。 ◆偽りのない事実、偽りのない気持ち 最近Twitterで見た、生まれたときはみんなカメラ記憶能力を持っているけど、言語能力を身につけていくと同時に失われていってしまうという話を思いだした。オリヴァー・サックスも赤ん坊は絶対音感を持っているが言葉を覚えると消えていくと言っていたなぁ。 リメンの設定はジョン・クロウリーの「雪」という短篇を思い起こさせる。あれは全ての記録にランダムアクセスしかできないというサービスの不完全さが不思議に人間の記憶そのもののように感じられてくる話だったが、リメンにランダム要素はない。こんなの気が狂いそうだけど人はそれにも慣れてしまうのだろう。 日記をつけない人はエピソード記憶を外面化したくないのだという説に子ども時代から日記がつけられない私は深く頷いたけれど、それもSNSをはじめるまでだ。記録を付けはじめると過去の自分に対して今の自分が正直かどうかが気になる感覚もわかるなぁ。 ◆大いなる沈黙 オウムたちからの沈黙のメッセージ。私も地球で一番の知性が人類だなんて絶対間違ってると思うね。ジョージ・R・R・マーティンの『タフの方舟』の「守護者」みたいなの大好きなので、テッド・チャンにも別の知性体が人類に復讐する話書いてほしい。 ◆オムファロス キリスト教と考古学。以前、新国立劇場のアーカイブ配信で見た「骨と十字架」というティヤール・ド・シャルダンを題材にした作品にとても近いテーマ。ただ、こちらでは創世記と矛盾しない発掘品が実際に出土する。ファンダメンタリストの語り手なのかと思っていたら世界自体がパラレルなのだと徐々にわかってきて、頭のなかで景色がぐにゃっと歪む感じがたまらない。 科学者が世界の根幹を突き崩す発見によって自身のアイデンティティを失いかけるというのは「息吹」と同じプロット。「息吹」の機械生命は異なる宇宙のどこかに同じような生命がいる可能性に救いを見いだすけれど、「オムファロス」の科学者たちは地球を見つけて神の恩寵を失ったように感じる。だが、そこから自由意志という概念を初めて手にする最後の手記はローレン・アイズリーが書いたかのよう。 ◆不安は自由のめまい いいタイトル。魅力的なガジェットを提示するだけじゃなく、そこから派生しうる犯罪やグループカウンセリングを描いているのが面白いしこのままドラマにできそう。プリズム使いたくないけどなぁ(笑)。まず電源オンにした瞬間に並行世界が生まれるっていうのが怖すぎる。 結末が納得いかないというか、うーんと唸ってしまった。販売員と購入者の経済的格差にスポットを当てる一方で、大枚叩いてプリズムで不安を解消することを善として描いてしまうのか。ヴィネッサという人物が急にこの展開のために用意された薄っぺらいキャラクターになってしまったように感じた。 SFやミステリーなどのジャンル小説には読みながら物語の設計図をなぞる快楽があるが、テッド・チャン作品はその点でも一級なので「作品ノート」が面白い。一つ読むたびにノートでアイデアの起点とどのように組み立てていったのかを知るのは楽しかった。
書店で目立つ場所に置いてあり深く考えずに購入しました。恥ずかしながらテッド・チャンのことをよく知らず本書で初めて読みましたが、とても満足しています。 本書は9つの短編が盛り込まれていますが、それぞれがとてもユニークで粘着性があり、ストーリーやそこから浮かび上がる情景を当分忘れないだろうなと感じまし...続きを読むた。クライマックス感やラストの驚きなどはないかもしれませんが、まるでカズオ・イシグロ作品のような静かな深い感動を与えてくれる作品とも思いました。さらに言えば、SF作品というよりは未来社会の課題や機会を純文学作家がSF調で書きました、というような印象すら持ちました。時間や空間、自由意思などを哲学的に扱う点は、ミヒャエル・エンデ作品をほうふつさせます。ただエンデ作品よりはだいぶリアリティ度が高いですね。AIや量子コンピュータなどの進化によって近未来に実現していそうなストーリーが描かれています。 本書のタイトルになっている「息吹」という作品も非常に面白かったですが、私が個人的に最も興味を持ったのは「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」です。これは長編とでもいえるような分量なのですが、AIが進化し、バーチャル世界だけでなく、フィジカル世界にもハードウェアをまとって登場するのは時間の問題です(というかすでにまとっているロボット犬などもいる)。そのような新しい「存在」が一般社会に浸透した世界観がかなりリアリティをもって語られていて、いろいろと考えさせられました。もはやSF作品を超えて、学校の哲学や社会学、心理学などの授業でも教材として取り上げられるべきではないかと感じました。 繰り返しになりますが、あっと驚くような結末や、クライマックス感には乏しいかもしれませんが、感動が長時間持続するような、味わい深い短編集でした。
錬金術の話は心に響いた。 パラレルワールドと交信できる話も、面白い。 積み重ねが未来の自分を作り出す。
『あなたの人生の物語』のテッド・チャンによる 17年ぶりの短編集。映画化もされた世界的な有名作家なのに専業ではなくものすごい寡作ぶりで、そのぶん一編一編が奥深く、消化するのに時間もエネルギーもかかる。 収録は全 9本、ネビュラ賞やヒューゴー賞など名だたる賞を獲得した珠玉の作品ぞろい。 この人の頭の...続きを読む中はどうなってるんだと思うようなぶっ飛んだ設定の上で、さらに話が想像もつかない方向に発展していくので、一度読んだだけではなかなか理解が難しい。 毛色の違う作品ばかりだが、「避けられない運命、受け入れ難い真実を知ったとき人はどうするか」というテーマは一貫している。 「息吹」 舞台が地球でもなく主人公が人間でもない幻想的な世界の中で、自己の存在と世界の真実について、文字通り身を切りながら考察する彼。「息吹」というタイトルからは息こそが生命そのものというギリシア哲学のプシュケーを連想させる。 「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」 技術書かと思わせるようなタイトルで、本書中もっとも長い150ページ超の中篇。求職中の元飼育係に持ちかけられた仕事は、仮想ペットの訓練。ゲームは一時ブームになるもあえなくサービス終了、だが彼女はその後も私的に自分のペットの育成を続ける。 「偽りのない事実、偽りのない気持ち」 網膜プロジェクターを埋め込んでライフログを録ることが一般的になった世界。曖昧で主観的だった人の記憶が、デジタルデータで厳密に検証されるようになると何が起こるか。口伝社会だったアフリカの部族にヨーロッパ人が紙と文字を持ち込んだ逸話が交錯して語られる。 「オムファロス」 約8千年前にこの世が創造されたという証拠が存在する世界で、それでもこの宇宙は人間のために作られたものではないという天文学における発見が人々の信仰を揺さぶる。 「不安は自由のめまい」 分岐した並行世界と限定的に交信することができる装置「プリズム」が発明された。死んだ子の歳を数えるがごとくのめり込む人々と、それにつけ込んで金儲けをする人々が織りなす人間模様。
全作面白かったけど特に「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」と「不安は自由のめまい」が面白かった! 「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、ロボットもの特有の切なさがあって面白い。 「不安は自由のめまい」はプリズムというガジェットを使って並行世界の自分とやり取り出来るとかいうめちゃ...続きを読むくちゃ映画映えしそうな設定でワクワクした。 それと表題作の「息吹」は面白いというよりも世界観に圧倒される感じで凄く印象に残った。 個人的には前作の「あなたの人生の物語」の方が読みごたえがあって面白かった印象だけど、本書も流石のクオリティでとても良かった!
読むのにほんとうに頭を使った。 集中力が途切れると、「バンド・オブ・ザ・ナイト」を読んでいるような、意味の繋がらない散文のように見えてしまうから、気力が要った。 しかし、面白かった。架空でありながらいつか実現しそうなシステムの数々、それが人のいざこざに上手く絡み合っており、面白かった。
科学・思想の理論に対する幅広い見識基づいたハードSFでありながらも、詩的で精緻な文学表現がよかった。 『息吹』、『偽りのない事実、偽りのない気持ち』、『オムファロス』が好みだった。
『商人と錬金術師の門』『息吹』『偽りのない事実、偽りのない気持ち』が良かった。 SF的なテクノロジーが人に与える影響がリアル。
#読書記録 2023.8 #息吹 #テッド・チャン 宇宙船やタイムリープが飛び交ういわゆるSFでなく、現在と地続きのちょっと未来、本当にこんなことあるかも、という物語。 ペット型AIの成長との関わりや、人生全てを動画でライフログ化が可能になった時代の話等が印象に残る。 そうかと思えば量子論の分...続きを読む岐世界と交信できる機器が発明された世界の話で脳をフル回転させられたり。いずれの物語も、そのとき人が取る行動が中核にあって、考えさせられるものばかりだった。 今存在するテクノロジーが進歩してこうなったら、貴方はどうする?と突きつけられる。リアルに想像できる近未来なので、その岐路に立つ自分を容易に想像できて、倫理観や情緒を揺さぶられるよ。
表題作が素晴らしい。 人類とは全く異なる宇宙、異なる世界観を持つ異質な生命体の生き様を、平易な筆致で淡々と、かつリリカルに描き出した短編。SFという文学ジャンルにしか描けない爽やかな感動を覚える、正に「瑞々しい」という表現がピッタリくる傑作です。 ただ、鴨的には他の作品群がちょっと物足りないところ...続きを読むも、正直ありまして・・・ これが現代の「世界標準」のSF、なんだと思います。物語としてリーダビリティが高いし、ロジックもしっかりしてるし、登場人物の内面描写も豊かに描き出されていて、本当によくまとまっています。・・・でも、なんだか綺麗すぎて、あっさりと感じてしまうんですよねー。 贅沢な意見だとは思いますが、鴨はもっと熱量のあるSFが読みたいです。良くも悪くも今風、なんでしょうね。 決して面白くないわけではありませんので、そこは誤解のなきよう。ただ、鴨にはしっくりこなかったという、好みの問題だと思います。 そして、表題作「Exhalation」を「息吹」と訳した大森望氏、名和訳だと思います。この作品の本質を、日本語として的確に言い当てていますね。
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