人外と少女の絆を描く『魔法使いの嫁』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー
こんにちは、フリーライターの鷹野凌です。今回は、マッグガーデン「月刊コミックガーデン」およびオンラインマガジン「MAGCOMI(マグコミ)」で連載中の漫画『魔法使いの嫁』をレビューします。通称「まほよめ」。著者はヤマザキコレさんです。創作同人誌即売会で頒布していた原型となる作品が、たまたま通りがかった編集者の目に止まり、連載が決まったという逸話があります。 本稿執筆時点で単行本は8巻まで刊行中、テレビアニメも放映中。現代イングランドを舞台に、「見える目」を持つ少女と、人ならざるモノの交流を描いた作品です。
■ MAGCOMI『魔法使いの嫁』公式サイト(マッグガーデン)
『魔法使いの嫁』 1~8巻 ヤマザキコレ / マッグガーデン
夜の愛し仔、スレイ・ベガ
本作の主人公は羽鳥智世(チセ)15歳。真っ赤な髪の日本人です。妖精などふつうの人には見えない、人ならざるモノが見えてしまう能力の持ち主。小さいころ父親に捨てられ、母親とは死別。親類縁者からは疎まれ、身寄りがありません。
無気力な彼女は、
「もし生きることを投げ出したいなら 貴女を欲しいと思う「誰か」に「貴女」を預けてみますか?」
という誘い文句に応じ、手枷首枷を付けられ競売にかけられます。実はチセは、魔術師たちから「夜の愛し仔(スレイ・ベガ)」と呼ばれ、ほぼ無尽蔵な魔力の貯蔵庫である特別な存在だったのです。
「君を僕の弟子にする」
と、500万ポンド(約7億5000万円)で彼女を競り落としたのが、エリアス・エインズワース。身なりはパリッとしたスーツにコートと英国紳士風なのですが、頭部が犬の頭蓋骨にヤギのツノのような姿をした異形の魔法使いです。
裂き喰らう城、ピルム・ムーリアリス
競売の運営スタッフから「あれは詐欺師でも魔術師でもない 今時珍しい本物ですよ」と言われるように、本作では「魔法使い」と「魔術師」は別の存在として描かれています。魔術は科学だけど、魔法は奇跡。魔法使いは長寿ではあるけど、絶滅寸前・時代遅れの希少な存在なのです。
エリアスはその魔法使いの中でも、人間でも精霊でもない、とびっきりの変わり種。魔術師からは「裂き喰らう城(ピルム・ムーリアリス)」と呼ばれ、嫌われています。と、このように、日本語にカタカナのフリガナがついた単語が頻出するのが、本作の特徴でもあります。中二心がくすぐられますね。
エリアスはチセに、
「君を僕のお嫁さんにするつもりでもあるんだ」
と告げるも、それが本気か冗談なのかはよくわかりません。が、身寄りのなかったチセのほうは“家族”と言われたのが一番嬉しかったようで、その後も“家族”というキーワードは彼女の心の支えとなります。そう、この物語は「人外×少女」のラブストーリーなのです。
ケルト神話の妖精たち
人ならざるモノは、エリアス以外にもたくさん登場します。空気の精(エアリエル)、シルキー、水妖ヴォジャノーイ、ドラゴン、常若ノ国(ティル・ナ・ノーグ)の妖精女王(ゲアラハ)ティターニア、妖精王(グリーアン)オベロン、丘の防人(スプリガン)、黒妖犬(ブラック・ドッグ)などなど。
イングランドを舞台とするだけあって、本作の世界観にはケルト伝承が強い影響を与えているようです。残念ながら電子化されていませんが、井村君江氏の『妖精学入門』(講談社)や『妖精学大全』(東京書籍)などを参照すると、本作の世界観をもっと楽しむことができるかもしれません。
魔法と妖精が織りなす正統派ファンタジー世界。基本シリアスなのですが、たまに「へちょっ」と潰れたようなデフォルメされたキャラクターになるところが、なんとも愛らしく素敵な作品です。