黒い幽霊と死なないヒトが人間を蹂躙する『亜人』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー
こんにちは、フリーライターの鷹野凌です。
今回は、桜井画門(さくらい・がもん)さんの漫画『亜人』をレビューします。講談社の青年向け月刊漫画誌『good!アフタヌーン』に連載されており、本稿執筆時点で単行本は9巻まで刊行、劇場版アニメが第3部まで、TBS系列でテレビアニメの第2クールが放映中です。シリアスで謎が多く、しかしスピード感のあるストーリー展開に、のめり込んでしまう作品です。
『亜人』 1~9巻 桜井画門 / 講談社
死なないヒトに人権はない
本作のタイトルにもなっている「亜人」と呼ばれる生物は、人間ではありません。とはいえ外見は人間とまったく同じ。違いは「死なない」ことだけです。死ぬとその場で肉体が瞬時に再生され、怪我や病気すらなかったことになります。まるでゲームに登場するキャラクターのようです。ただ、これまで亜人が人間に害を及ぼした事例はないとされています。
死なない程度の病気や怪我では肉体再生が発動しないため、多くの亜人は自分が人間ではないことに気づかないまま生活しています。主人公の永井圭(ながい・けい)もそんな1人。下校中に交通事故で全身がグチャグチャになり、即死したかのように思われます。ところが直後、衆人環視のもと肉体が再生、亜人であることが発覚してしまうのです。
研究対象になるとか、賞金がかけられているという噂とか、利用価値についてとか。そんな話を授業で聞かされていた永井は、自分の置かれた状況を理解し、すぐに逃げ出します。亜人は人間ではないので、人権がないのです。死なないとはいえ痛覚はあるので、捕まったら地獄のような日々を送ることになることが容易に想像できます。
追われ森に逃げ込んだ永井は、幼なじみのカイに助けを求めます。すぐに駆けつけてくれたカイに助けられ、2人の逃避行が始まります。ところが、国内3例目の亜人発見の報はマスコミで大々的に流され、永井の顔はすぐに有名になってしまうのです。一般人に見つかっても、すぐに「亜人だ!!」とバレてしまうほどです。
黒い幽霊のような存在「IBM」
亜人には、もう1つ大きな謎があります。「IBM」と呼ばれる自分の分身のような存在を出すことができるのです。それはまるで黒い幽霊のような姿をしていて、基本的に亜人にしか見ることはできません。しかし、人間が視認できないだけで物質として存在しており、人間に触れることができます。鋭い爪で切り裂いたり突き刺したりして、殺すことさえできてしまうのです。
厚生労働省の人間は警察官に「亜人に危険性はない」と説明しますが、それはIBMを出せる「別種」を除けば、という話。警察官にすら伏せられている機密事項である点が、亜人とIBMの危険性や利用価値の高さを示しているように感じます。危険性を一般人に知られてしまうと、パニックが起きる可能性なども考慮されているのかもしれません。
永井も、IBMを出すことができる亜人です。永井のIBMは、彼の意志で自由に動かせるわけではなく、彼の意志を汲んで勝手に動きます。襲われた相手のことを永井が「死んじゃえ」と思うと、彼の知らないうちに、勝手に殺してしまうのです。ところが他のIBMは、亜人の意思で自由に操作できるようで、永井とその黒い幽霊は異質な存在であることがわかってきます。
危険な男、佐藤の登場
亜人は世界で46体、永井を入れても47体しか確認されていません。しかし永井は、日本では1分に2人のペースで死んでいるのだから、自分が亜人であることを隠しているヒトが多く存在するはずだと気づきます。一緒に逃げてくれたカイをこれ以上危険な目に遭わせられないと考えた永井は、寝ているカイを置いて他の亜人を探しに行きます。
さて、永井の自宅に詰めかけたマスコミと野次馬の中に、ハンチング帽をかぶった謎の男が現れます。厚生労働省の人間は、彼のことを知っている様子。この男こそが、本作品最大にして最悪のトリックスター、亜人の佐藤です。囚われの身だった同じく亜人の田中を救い出し、佐藤は永井とも接触します。
その過程で、彼は何人もの人間を殺していきます。死体がいくつあるのか、数えるのも嫌になるくらいに。ネタバレは避けますが、亜人の特徴を活かしたぶっ飛んだ行動を繰り返します。佐藤の狙いはいったい何なのか。人権のないヒトが、人類を蹂躙していくさまは、意趣返しのように思えますが……?
亜人はどこからきたのか?
さて、亜人とはいったいどういう存在なのでしょうか? 永井の親や妹は、永井が亜人であることが判明したあとも、そのまま普通に人間として扱われています。しかし、本当に亜人ではないかどうかまでは、明らかになっていません。人間は1度しか死ねないので、死ぬかどうかを試すことができません。「ちょっと試しに死んでみてよ」とか、冗談でしか言えないですよね。
とはいえ、ある亜人の親が死んだ描写があるので、亜人から亜人が生まれるわけではないようです。人間から、突然変異で亜人が生まれるのか。人間として生まれたのち、何かの要因で亜人に変わるのか。亜人はいったいどこからきたのでしょうか?