燃えあがる緑の木―第三部 大いなる日に―
  • 最新刊

燃えあがる緑の木―第三部 大いなる日に―

小説・文芸
825円 (税込)

4pt

4.0

教会を離れた私が性の遍歴から帰還すると、襲撃を受け障害者となったギー兄さんは、遥かに大きな存在となっていた。しかし、戦闘力を増す農場派と巡礼団の対立が深まり、巨大化と外的緊張の中で分裂の危機を迎える教会のメンバーに、ギー兄さんは最後の告白を行った。そしてその夜「緑の木」が燃えあがる!「神」に極限まで近づき、なお新たな道を求めるライフワーク、完結編。

詳しい情報を見る

  • カテゴリ
    :
    小説・文芸
  • ジャンル
    :
    小説 / 国内小説
  • 出版社
    :
    新潮社
  • 掲載誌・レーベル
    :
    新潮文庫
  • タイトル
    :
    燃えあがる緑の木
  • タイトルID
    :
    250200
  • 電子版発売日
    :
    2014年03月14日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    1MB

閲覧環境

  • 【閲覧できる環境】
  • ・ブックライブ for Windows PC(アプリ)
  • ・ブックライブ for iOS(アプリ)
  • ・ブックライブ for Android(アプリ)
  • ・ブックライブ PLUS for Android(アプリ)
  • ・ブラウザビューア

※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。

燃えあがる緑の木 の一覧

1~3巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~3件目 / 3件
  • 燃えあがる緑の木―第一部 「救い主」が殴られるまで―
    825円 (税込)
    百年近く生きたお祖母ちゃん(オーバー)の死とともに、その魂を受け継ぎ、「救い主」とみなされた新しいギー兄さんは、森に残る伝承の世界を次々と蘇らせた。だが彼の癒しの業は村人達から偽物と糾弾される。女性へと「転換」した両性具有の私は彼を支え、その一部始終を書き綴っていく……。常に現代文学の最前線を拓く作者が、故郷四国の村を舞台に魂救済の根本問題を描き尽くした長編三部作。
  • 燃えあがる緑の木―第二部 揺れ動く―
    737円 (税込)
    村人やジャーナリズムの攻撃がつづく一方、教会では、活気あふれる伊能三兄弟や、改悛したかつての糾弾者など、賛同者が次第に増えていった。一同が展望を語り合う喜びに満ちたひととき、イェーツの詩句が響き渡る。そして再び起きた奇蹟――。しかしギー兄さんの父「総領事」が突然の死を遂げ、新築なった礼拝堂で葬儀が行われた。魂の壮大な葛藤劇、いよいよ佳境に!
  • 燃えあがる緑の木―第三部 大いなる日に―
    825円 (税込)
    教会を離れた私が性の遍歴から帰還すると、襲撃を受け障害者となったギー兄さんは、遥かに大きな存在となっていた。しかし、戦闘力を増す農場派と巡礼団の対立が深まり、巨大化と外的緊張の中で分裂の危機を迎える教会のメンバーに、ギー兄さんは最後の告白を行った。そしてその夜「緑の木」が燃えあがる!「神」に極限まで近づき、なお新たな道を求めるライフワーク、完結編。

※期間限定無料版、予約作品はカートに入りません

燃えあがる緑の木―第三部 大いなる日に― のユーザーレビュー

\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    燃えあがる緑の木
    三部作ということで長かったですが、本当に読んで良かった。
    今年は大江健三郎を読み続けてきました。後期の作品はまだ1作も読んでいませんが、一旦ここで大江さんからは離れようと思います。
    この作品を自分に落とし込むのに十分な時間が欲しいため、そして後述しますが、”勉強”による“集中”も行なっていきたいため…。
    以下、感想ですが、冗長で妄想まじりです。

    ギー兄さんは、膨張しすぎた自らの教会の構成員に対し、“魂のこと”にあらためて個人個人がそれぞれ専念するため、こう説教します。
    「本当に“魂のこと”をしようとねがう者は、水の流れに加わるよりも、一滴の水が地面にしみとおるように、それぞれ自分ひとりの場所で『救い主』と繋がるよう祈るべきなのだ。」
    さらに、こちらは引用されている、哲学者シモーヌ・ヴェイユの言葉。
    「神は不幸の苦しみを慰さめない」

    これらの言葉に触れて考えたこと。
    第一部、第二部と「“魂のこと”=魂の救済」と解釈して読んできましたが、私は部分的に間違っていたことに気づきました。
    孤立無援で真っ暗闇の“道”(=“魂の暗夜”)を進んでいく、光がどこかに見えてくるかはわからない、光の方から近づいて来てくれることも期待できない、だがしかし、私にできることはただ一つ、光が現れることを、孤独に強く祈り続けること…!
    これが私の“魂のこと”の再解釈です。
    魂は救済される、と私たちが能動的に祈り続ける、この効果のアヤフヤな祈り自体が魂の救済であり、超越者の差し伸べる手を待ち続けること自体は救済に繋がらない、これが内実だと思います。

    この再解釈に伴って思い出したのは、高校生の頃に聞いていたBon joviの誰もが知る曲の歌詞。
    “We’re half way there/ Livin’ on a prayer”
    これは前述した、魂の暗夜で祈る私(たち)そのものではないか?
    さらに話を広げて、一時期YouTubeでよく流れてきた、電車の中でBon joviを熱唱するボンジョビおじさん。
    彼はBon joviの詞を祈りの言葉として、自分ひとりの場所で(実際には電車内で周りに沢山人がいたわけだが)祈り続けていたのではないか?
    そしてある時、周りの人々まで彼につられて熱唱しだす。それは、彼のアヤフヤな祈りが、彼の祈りの中心にある“何か”に届いた、その顕現なのではないか??
    その大合唱の光景は、おそらく彼自身から見ても、部外者の私が映像として見ても、まさに「一瞬よりはいくらか長く続く間」の光景だった…

    もうひとつ、私の凝り固まった考えを、解きほぐし良い方向へ矯正してくれた話がありました。
    またシモーヌ・ヴェイユですが、
    「祈りが注意力によってなりたつ」
    そしてヴェイユは著書で、祈りに必要な注意力・集中力は、学校の勉強に取り組む時の注意力・集中力に鍛えられるといいます。(今読んでいる『神を待ちのぞむ』より)
    私はとくにここ最近、中期の大江健三郎やイェイツを読んでいて神秘主義(オカルティズム)に傾倒しすぎることを恐れて、オカルトと、いわゆる学校での合理的な勉強(自分は理系なので)とを、意識的にキッパリと隔てて考えるようにしていました。
    だからこそ、勉強での集中力、祈りの注意力がお互いを増強し合っている、すなわち隔たりがあるどころか、良い結びつきをもつ両者をひとつながりに考えることに、かなり衝撃を受けたのです。
    そしてこの2つの対極が、しかししっかりと繋がりをもつイメージ。これは作中で何度も登場したイェイツの”Vacillation”の、以下の冒頭そのものではありませんか?
    “Between extremities / Man runs his course;”

    最後に、僕のこれからの“魂のこと”の話だけ。
    前述した「祈りが注意力によって成り立つ」ことについてですが、人が人に眼を向けるとき、または気を配るとき、このようなときも“集中”“注意”を向けているのであって、祈りの一つの形態であると大江さんは言います。
    このような場面を読んでいて、ふと思い出したのは、そこそこ親しくなったバイト先の社員さんが辞職する際に私にくれた手紙。
    「優しくて色んな人のことを見てて、考えてくれるんだろうな〜と思います。」(晒してごめんなさい)
    第一部、第二部と読んできて、私は“魂のこと”なんて今まで取り組んでこなかった、これからも“魂のこと”に向かう分岐点に立ったとき、ちゃんとそちらへ向かうことができるだろうか、と煩悶してきました。
    しかし、この手紙を思い出した後、私はしっかり祈ってきたのだ、無意識に“魂のこと”に取り組んできたのだと、慰められるようでした。

    これからも、自分の内外どちらにも注意を向けていきたいと思います。
    この祈りを忘れないように、作中でも祈りの言葉とされてきたこの英単語を、私も絶えず心の中で響かせていきます。

    ———Rejoice!

    0
    2023年08月31日

    Posted by ブクログ

    大江健三郎 「 燃えあがる緑の木 」 3部 大いなる日に

    土地の伝承から始まった宗教集団が、個の信仰に分裂し、魂として土地に帰還する物語

    神に帰依する信仰でなく、死者と共に生き、人間と集団をつなぐ信仰を対象としている。伝承、詩、文学など読み継がれてきた言葉が人間と人間、人間と集団をつなげている。

    集団化によって起きる問題に対して、弱い人間、障害のある人間が 暗闇の中のヒカリになっている。両性具有や燃えあがる緑の木(露が滴りながら燃える木)などの両義的なモチーフは、弱い人間と強い人間の共生や集団維持の象徴として用いている

    救い主の自己犠牲による死は必要だろうか。キリストの復活を想起させることが、神に帰依する信仰との類似性を強調しているようにも感じた

    0
    2020年12月05日

    Posted by ブクログ

    もうこれ、たいへんだー。
    大江健三郎さんは本当に妥協しない人ですね。
    信仰を背負う人を真面目に書くって、もうとんでもなく疲れるはずなのに…

    新・ギーおにいが現代のキリストでありブッダであって、でも宗教=インチキの図式も人々の中にある。
    宗教や奇跡や祈りなんて曖昧なもの、今時力を持たないんですよね。
    原発の方が余程信頼されてしまう。
    そういう部分を物語に都合よく誤魔化したりしないで、新・ギーおにいの葛藤をちゃんと言語化して、投石で殺してしまう。

    あまりに真っ当過ぎてハラハラ感がなかったのは残念ですが、もうこういう話が書ける作家なんてほとんどいないんだろうなぁ。

    12.06.25

    0
    2012年06月26日

燃えあがる緑の木―第三部 大いなる日に― の詳細情報

  • カテゴリ
    :
    小説・文芸
  • ジャンル
    :
    小説 / 国内小説
  • 出版社
    :
    新潮社
  • 掲載誌・レーベル
    :
    新潮文庫
  • タイトル
    :
    燃えあがる緑の木
  • タイトルID
    :
    250200
  • 電子版発売日
    :
    2014年03月14日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    1MB

閲覧環境

  • 【閲覧できる環境】
  • ・ブックライブ for Windows PC(アプリ)
  • ・ブックライブ for iOS(アプリ)
  • ・ブックライブ for Android(アプリ)
  • ・ブックライブ PLUS for Android(アプリ)
  • ・ブラウザビューア

※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。

この本をチェックした人は、こんな本もチェックしています

新潮文庫 の最新刊

無料で読める 小説

小説 ランキング

大江健三郎 のこれもおすすめ

同じジャンルの本を探す