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漫画を支える裏方たちを描く仕事漫画『重版出来!』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー

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こんにちは、フリーライターの鷹野凌です。

今回は、松田奈緖子さんの漫画『重版出来!』をレビューします。このタイトルは出版業界の専門用語で、読み方は「じゅうはんしゅったい」。本が売れて増刷されることを意味する、出版業界関係者にとって嬉しい言葉です。物語を創作する漫画家と、それを支える編集者、営業、宣伝、製版、印刷、デザイナー、取次、書店員といった、裏方たちを中心に描いた作品になっています。小学館の青年漫画誌『月刊!スピリッツ』に連載されており、単行本は本稿執筆時点で7巻まで刊行。4月からTBS系でテレビドラマが放送中です。

重版出来!(1)

『重版出来!』 1~7巻 松田奈緒子 / 小学館

社長を投げ飛ばす、豪快主人公!

本作の主人公は、黒沢心(くろさわ・こころ)。日体々大学女子柔道部でオリンピックの金メダルを目指していたのですが、ケガで競技生活を引退。子供の頃に読んだ『柔道部物語』(小林まこと/講談社)にあこがれ柔道を始めたことを思い出し、「漫画作りに参加して、地球上のみんなをワクワクさせたい!」と出版社への就職活動をするところから物語が始まります。

初めて会う人みんなに「小熊!?」という印象を与える体格はともかく、体軸がまったくブレない身体能力や、危機的状況に際し真っ先に周囲をかばう勇気を社長に買われ、黒沢は大手出版社の「興都館」へ入社します。変装してこっそり最終面接を観察していた社長に試され、そうとは知らずに投げ飛ばすという強烈なエピソード付き。得意技は背負い投げで、特技は腕立て伏せ。いつも明るく元気で度胸満点なムードメーカーです。

そんな彼女が配属されたのは、漫画誌「週刊バイブス」の編集部。希望通り、漫画作りに参加していくことになります。なお、興都館のモデルは不明ですが、漫画内の誌面に付いてるナマズマークは、どう見ても小学館コミックのシンボルマーク。ところが、社員が心の中で「小学館さんの~」と言うシーンがあるため、作中世界の興都館は小学館ではないことが明らかになっています。

出版業界の現状を生々しく描く!

本作は、2014年の日本経済新聞「仕事マンガランキング」で第1位を獲得している、“仕事”を描いた漫画です。黒沢が出社したら徹夜明けの編集部員がゾンビみたいになっていたり、発行部数を決める会議で編集長と営業課長がガチンコで言い争いをしたり。そんな出版社内の仕事ぶりが生々しく、しかし、明るいタッチで描かれています。黒沢の明るさが、いいスパイスなのです。主人公だけど、スパイス。

漫画作品を発表し読者に認知してもらうための場である漫画誌は、単独で黒字を出している例がほとんどありません。ウェブも認知メディアとして成長しつつありますが、基本的に閲覧は無料なので、経費ばかりがかかります。漫画ビジネスは、単行本の売り上げによって成り立っているのです。そんな出版業界の内幕を、本作ではさらりと明かしています。

今、出版不況なんて言われてるけどな。バブルの頃からのツケが出てきた部分もあるんだ。ほっといても本が売れたから売る努力をしない営業も編集も山ほどいて、経費だけバカスカ使い込んで、そういう連中が雑誌を喰い潰したんだ。
(第1巻 第四刷「売らん哉! 松」より)

黒沢の先輩編集者である五百旗頭(いおきべ)のこのセリフ、耳が痛い出版関係者もきっといることでしょう。私は、出版業界の景気がよかった時代を、直接は知りません。ところが、よかった時代を回顧する出版関係者の手記などを読むと、当時はハチャメチャな人が大勢いたことを知ることができます。銀座や六本木のクラブを、交際費で豪遊していたなんて昔話、珍しくありません。まさに、驕る平家は久しからず、盛者必衰の理、です。

悪口言われるほうがいい!?

五百旗頭は黒沢に、仕事の進め方や心構えなど、さまざまなことを教えていきます。「黒沢……お前、給料 誰からもらってると思ってる? 読者だよ!!」「描く側の苦しみは読者の喜びと正比例するんだ。」などなど、ザ・仕事人と呼びたくなる、素晴らしい先輩です。黒沢は、五百旗頭の教えを守り、漫画編集者としてすくすくと成長していきます。

上記のような五百旗頭の言葉もグッとくるのですが、それにも増して、漫画家のオーノ先生がなにげなくつぶやいたこのセリフは衝撃的でした。

エゴサーチしても全然disられてなくてヘコむわ~
(第2巻 第十刷「押忍!SNS」より)

「ヘコむ」と愚痴を言っているわけですが、その理由がすごい。エゴサーチとは、自分について検索して評価を確認すること。「disる」とは悪口のこと。なんとオーノ先生、むしろ悪口を言われるほうがいいと、笑顔で言うのです。悪口は「自分のファン以外にも届いた」証だと。なんという心の強さでしょう。

私もよくエゴサーチをしていますが、たくさん読まれた記事はそれに比例して悪口も多くなります。正当な批評や指摘はもちろん真摯に受け入れるとして、ただの悪口は「見なかったこと」にすることにより精神的な安定を保つようにしてきました。いちいち腹を立ててもキリがない、と思ってきたのです。

ところがオーノ先生は、はるかに先を行ってました。悪口をも、滋養にしてしまうわけです。好きの反対は無関心。嫌いが好きに変わることもあります。たとえ悪口でも、話題にしてもらえるだけでありがたい、と思えるようになりたいですね。

「そのうち、紙の雑誌はなくなりますね!」

ここは「ぶくまる」なので、せっかくですから『重版出来!』に出てくる電子書籍の話にも触れておきましょう。作中、電車で移動中に他の人々を観察すると、みんな自分の携帯端末を覗き込んでいて、漫画や雑誌を読んでいる人が見当たらないというシーンが何度か出てきます。

編集者や営業担当はその光景を見て「漫画も雑誌も読んでる奴なんかいないじゃないか…」と嘆くのですが、電子書籍の担当者は「みんな、電子で漫画読んでくれてるな――ッッ!!」と大喜び。視点がまったく異なります。前述のように、紙の雑誌もウェブも認知メディアの一つ。読んでもらえれば、どちらでも構わないと考えるほうが健全です。

ただ、電子書籍の担当者が思わず言ってしまった「そのうち、紙の雑誌はなくなりますね!」という言葉に、編集部は一瞬凍り付きます。実際のところ、紙の雑誌を休刊しウェブへ移行する事例も多いのですが、それを心から喜べる関係者は少ないでしょう。手に触れられる物理メディアの存在感は、電子メディアに比べるとまだまだ大きいのです。

私は、電子メディアのほうが場所をとらないから好きなんですけどね! 紙と電子、それぞれメリット・デメリットがあるわけですから、両方が用意されていて、読者が好きなほうを選べる状態が理想的ではないでしょうか。

重版出来!(1)

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