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-2020年4月7日〜5月7日、コロナ禍列島・全記録!失政・失敗・失策により人災にしてしまった為政者達 2020年4月7日〜5月7日、コロナ禍列島・全記録! 「アベノマスク」に象徴されるトンデモ対応がまかり通ってしまう、恐るべき背景と闇を白日の下に晒す! 新型コロナウイルス感染症は、当初は不慮の天災に他ならなかった。それを失政・失敗・失策により、パンデミックにしてしまった為政者たちの言動と、それに立ち向かった者たちの記録を後世に残そうとして本書は書かれた。 【目次】 まえがき 2020年4月7日(火)「緊急事態宣言」公示 〜2020年5月6日(水)「緊急事態宣言」延長まで 2020年5月7日(木) 参考文献 あとがき 【著者】 川村湊 1951年北海道生まれ。法政大学国際文化学部名誉教授。文藝評論家。 主な著書 『川村湊評論集』(国文社)、『補陀落』(作品社、伊藤整文学賞)、『牛頭天王と蘇民将来伝説』(作品社、読売文学賞)、『福島原発人災記』(現代書館) 他多数。
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4.0なぜ『歎異抄』は、私たち近代日本人にこれほど人気があるのでしょうか。いろいろな理由が考えられます。一つは大前提として、そもそも「宗教」という精神形態が、この世を合理的・理性的に割り切って整序していこうとする志向性にさからう本質をもっているということです。それは、近代社会の合理的な割り切り方ではどうしてもはみ出してしまう人間性の情緒的な部分に訴えかけてきます。欲望、不安、迷い、悩み、苦しみ、悲しみ、期待感、絶望感、これらに対して、近代社会はさまざまなかたちで一応の環境や装置を用意してくれています。しかし、それこそ人間は「煩悩具足」の存在であることをけっして免れませんから、近代社会が提供してくれる環境や装置だけで完全に満たされることはなかったし、これからもけっしてないでしょう。おそらくそのことを、『歎異抄』に惹かれる読者たちは、直感的にわきまえているのだと思います。(訳者「付論」より抜粋)
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-南無阿弥陀仏と唱えれば来世で仏になれる。このシンプル極まりない法然の教えは庶民層から大歓迎された。しかし同時に「なぜ念仏だけでいいのか」という問いも浮上する。その問いに答えるべく、親鸞は当時よく読まれていた仏教書『唯信鈔』を解説する形で本書を執筆した。親鸞の答えはこうだ。念仏は修行などかなわない我々のために阿弥陀が用意した「行」であり、阿弥陀のはたらきそのものである。そして念仏すると阿弥陀の心が無意識下に入り込み、それが将来我々を浄土に連れていく。だから念仏の他は必要ない。『教行信証』と並ぶ代表作にして親鸞思想のエッセンスが詰まった最高の念仏入門。