片岡義男さんの小説はあいかわらず無邪気すぎるくらいに平和だ。
道尾秀介著『光媒の花』の直後に本書を読んだので、余計に、何事もない平穏さが際立ったようだ。
片岡さんの小説は、初めての方が読むとどう思うのだろう?
いつも、そんな疑問が頭を過ぎる。私自身は片岡さんの小説作法を気に入っているし、これま
...続きを読むで沢山読んできたのでなんの違和感もないのだが、初めての方は少々面食らうのではないだろうか。
片岡さんの小説には強い喜怒哀楽表現がない。もし作家が茶道の話を書けば、そこには所作に籠められた思いを、なんらかの方法で表現することだろう。しかし、片岡さんなら、ただ所作自体を客観的に冷静に描写するに留めるのではないだろうか。なぜそういう動き方をするのかという理由を説明することはないはずだ。
本書に収められた短篇7つもみな、片岡流に則った小説である。なぜそのような行動をとるのか、についての答えは読者にわからない。わかるのは、片岡さんにとってはそれが美しいからに違いない、ということだけ。
片岡理論を頭でなく感覚で受け止められるようになると、片岡小説は面白くなってくるはずだ。とても平和で居心地が良くなってくる。
本書の7篇にはそれぞれ、片岡さんにそれら7篇を書かせるきっかけを与えた物がある。本書の表紙に描かれている物もそうだ。 ・階段を駆け上がる女性のうしろ姿の写真
・ハイボール
・駅
・野球
・ブレンド・コーヒー豆の深煎り200g
・投手の指先延長線上の積乱雲
・鯛焼き
これらのものが、片岡義男という映写機を通して映し出されると、本書のような小説になる。