藤澤桓夫のレビュー一覧 青髯殺人事件 女子大学生の名探偵 四篇の短編小説が収録されている。女子大学生名探偵康子が活躍するシリーズ物で、「そんな筈がない」の続編として世界観は共通している。トリックというような大袈裟なものはないので、軽い調子で読み進めることができるが、昭和30年代の空気を感じさせる描写が時々あるのは興味深い。例えば、その頃流行していた、よろめ...続きを読むきという言葉がどうにも好かないと登場人物に喋らせている箇所は、三島由紀夫の「美徳のよろめき」が世相的にも文学的にも、話題だったのだろうと推測させる。娯楽小説にも清潔な倫理観を貫こうとした藤澤桓夫らしいとも言えるが、珍しくわかりやすい意見表明とも取れる一節であった。 bookfun 薔薇はよみがえる 薔薇は萎れたのか? 誤配達された手紙を巡り、男女の物語は展開される。舞台は南海沿線で高師浜、萩の茶屋を幾度も往還しながら、淀屋橋に中之島、難波、梅田とイキイキしたモダンな大阪描写で、昭和三十年代が彩られている。潔癖な倫理観はもどかしさを感じるが、こんな時代を通り越して、現在があるのだと思うと、作家が美しい薔薇の蘇りに託...続きを読むした象徴は、すっかり萎れてしまったのではないかと考えてしまう。藤澤桓夫が求められた時代とは、どのような時代だったのか、一考する値打ちはあるように思える。 bookfun 泉はかれず モダンな言葉が印象的 初出が雑誌連載なのか、新聞連載なのか不明だが昭和39年に刊行された作品らしく、今は公園になっている長居競馬場のことも書かれていて、大阪文学の第一人者らしい描写は随所に感じることができる。ヘリンボーンやポートフォリオといった片仮名言葉もお洒落な言葉遣いで、登場人物がフランス文学や洋画に精通しているのと...続きを読む符牒が合っている。たこ焼きやお好み焼き、モツ等のコッテリした味わいではない、てっちりかおでんのような大阪文学もあったのだと電子書籍によって知ることができるのは良い時代だと思う。 bookfun そんな筈がない 多彩な作品 藤澤桓夫は自らを器用過ぎることが欠点であるかのように述懐していた文章があったことを思い出させるような、異色の推理小説短編4篇が収録されています。時代背景を考慮してもトリックそのものは難解ではありませんが、戦後の社会を反映させた大阪が描かれているのは、どのような作風であっても共通しています。通天閣に再...続きを読むび灯りがともるようになった頃に生きる、康子、真田刑事、純吉の素朴な正義感が愛おしく、その世界から離れ難く、もう少し書いて欲しいなぁという読後感を持ちました。 bookfun 誰かが呼んでいる モダン大阪 昭和30年代の大阪阪神間を生きる職業婦人を取り巻く環境や倫理的制約が活写されている。読み易く、わかりやすい筋立てで、どういう結末になるのだろうと一気読みさせる力量に、当時の人気作家が草葉の陰から腕に覚えあり、と甦ってきたようでした。 bookfun 女の旅路 面白い 大阪の偉大な作家藤澤桓夫の小説を電子書籍で読めるのはありがたい。これまで古本屋図書館でしか読めず、再販もなかったので、これからもドシドシ電子化してほしい。 bookfun 太陽がみつめる 爽やかな青春小説 藤澤桓夫は南海ホークスのファンだったらしい。大阪球場も懐かしいが、藤井寺球場が小説に出てくるのには郷愁をそそられる。アマチュアにプロ選手が指導することは野球の世界ではどれほど厳密であったかについて、この小説では高野連の神経質と狭心を引き合いにして作家は憤りを示している。珍しいことであるが、春夏の甲子...続きを読む園という大舞台に純真な気持ちで挑む高校球児に群がる邪な大人の経済論理に家族や周囲まで巻き込まれてしまうことを、作家は苦々しく観察していたのだと推察する。結末はもう少し書いて欲しかった気もするし、昭和39年に刊行された作品とのことだが、藤澤桓夫の他の野球小説も読んでみたくなった。 bookfun 都会の白鳥 昭和は哀しからずや モチーフになっているのが、若山牧水の、白鳥は哀しからずや空の青海にも染まずただよふ、という歌なのだと後半に作者は言及している。昭和三十年代の古い価値観が女人往生の議論のように女性を追い詰めていくのは、現代感覚からすれば痛々しい。とはいえ、小説はやはり一種の世相を反映している証言集であるとも考慮すれば...続きを読む、登場人物の恋模様は、職業婦人を取り巻く社会的抑圧をかなり詳細に描写していると思われる。男女雇用機会均等という言葉が生まれる遥か以前の青春は、いかにも窮屈であるけれど、藤澤桓夫の持つ独特の楽天性が幸福に至る道筋を切り拓く、何物にも染まらない若さを讃美しているようだ。 bookfun 黄金の椅子 謙虚が美徳だった頃 初期の司馬遼太郎を推した藤澤桓夫、源氏鶏太、今東光は今の時代では読まれなくなっている。昭和三十年代に彼等三人の作品は数多く映画化され、文芸誌を彩った物語群は、ひっそりと電子書籍で息をしているようだ。今読めば牧歌的ですらある人間讃歌は、ともすれば古びているように受け取られるかもしれないが、高度経済成長...続きを読むを支えた同時代人が欲した栄養剤のようなものだったのかもしれないとも解釈できる。「黄金の椅子」に関してだけ言えば、もう少し細部を書き込んでもらっても良かったのではないかと、読後に感じたが、謙虚が美徳であった時代が確かにあったのだと考えさせられた。 bookfun <<<1・・・・・・・・・>>>