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文明の発達と医学の進歩がもたらした人口の高齢化は、やがて恐るべき老人国が出現することを予告している。老いて永生きすることは果して幸福か? 日本の老人福祉政策はこれでよいのか? 老齢化するにつれて幼児退行現象をおこす人間の生命の不可思議を凝視し、誰もがいずれは直面しなければならない《老い》の問題に光を投げかける。空前の大ベストセラーとなった書下ろし長編。
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Posted by ブクログ
今のように認知症が世に広まっておらず、老人性痴呆と言われていた時代。徘徊や失禁、弄便など人格を失った義父の行動やその義父の介護に奮闘する女性の様子が詳らかに描かれていて、この時代において革新的だと思う。
耄確している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。 「昭子さん、小便が出ますよォ、小便をしたいですよオ」いつものように起され...続きを読むて、庭で用を足させながら、こうなるのは嫌やだなあとつくづく思った。現在こうして面倒を見ていることよりも、三十年、四十年先に自分がこうなるのは嫌やだという思いの方が遥かに強い。 もともと老人は、希望とも建設とも無縁な存在なのかもしれない。が、しかし、長い人生を営々と歩んで来て、その果てに老耄が待ち受けているとしたら、では人間はまったく何のために生きたことになるのだろう。あるいは彼は、もう終った人間なのかもしれない。働き、子孫を作り、そして総ての器官が疲れ果てて破損したとき、そこに老人病が待っている。癌も神経痛も痛風も高血圧も運よくくぐりぬけて長生きした茂造のような老人には、精神病が待ちかまえていたのか。 本当よ、光子さん。私は世界中の人間が、これからどうするのかって思ってるの。 認知症の問題を、かなり多面的に表現。老人がどうなるか、世話はどうなるか、そして自分がいつかそうなるという危機感、そこに考えの至らぬ若さ。自分は親の老いを憂うが、40手前でも自分の老いにはまだ気が回っていない。自分の体力や健康に自信があるからか。でも親の介護が大変という感覚以上に、自分の老いを憂う感覚は新しい。 悲惨で陰鬱な認知症対応の前半から一転して、明るく「お戻りになる」構成がおもしろい。昭子の変わり身も含めて、あらゆる登場人物の立ち位置や考え方がおもしろい。決してエンターテイメント小説ではないが、おもしろく読めた。
⭐️恍惚の人 壮絶な物語である。昭和47年ごろという時代背景はあるが、昭和も令和も介護問題は変わらない。葬式の場面でも葬祭会館などはなく、全て家族が執り行うとは大変だったのだな。いつの世も、肝心なときに旦那は役に立たないのだ。昭子さんが凄すぎる。だが、負担が大き過ぎる。当時から特別養護老人ホーム...続きを読むはあったのだな。重苦しいテーマだがユーモアのある筆致で一気に読ませる。老人福祉行政に大きな影響を与えた珠玉の作品だ。
認知症がまだまだ社会の問題になってたかった時代に書かれてることに驚く。巻き込まれる家族のリアルがあった。嫁としての昭子の葛藤と覚悟。旦那の不甲斐なさを痛感しつつ、自分しかこなせない介護の日々。当時よりも今は福祉がすすんだと思うが、最後のとりでとして家族としてどう向き合うか。老いをどう迎えるか考えさせ...続きを読むられる。
【まるで近未来SF】 なぜだか急に読みたくなって手に取った1冊。 この本が出版された当時、私はまだ小学生だったけど、親、主に母親が近所のおばちゃん達と話題にしていたことを覚えている。 それでもまだ母親世代の口調からは、「恐ろしい話だけれども他人事」のような気楽さが感じ取れたし、どこか怪談話を...続きを読む語っているような雰囲気でもあった。 でも今読んでみると、50年前に書かれたものとは思えないほどリアルな内容で、登場人物の年代が戦中体験者という描写がなければそう遠くない時代の話だと思ってしまったかもしれない。 そして(多少の改変はあるものの)現代とほぼ変わらない仕組みの各種老人施設がすでにこの時代にあったことにも驚いた。 認知症老人の処し方に悩む家族の負担や苦悩、超高齢社会への憂いを織り交ぜて書かれた社会派小説は今や正しく現実となっている。 共働き核家族世帯が圧倒的に多い中で、年老いて自立を失った親の処し方に悩み奔走するのも、行くべき場所が見つからなければ在宅介護を勧められるのも、50年前と何ら変わりがない。 若い頃に散々虐められた舅が認知症となり、実父を遠巻きに見ているだけの役たたずの夫を尻目に、葛藤を抱えながら介護に携わる主人公昭子の善性に頭を垂れる思い。 私が同じ立場に置かれたら、いや、現実的にそれは自分の身にも遠からず起こりうることだけれども、あの境地にたどり着けるかどうかの自信は無い。
50年前に出版された本だが、認知症の行動、老人介護の家族の苦労は、昔も今も同じだと感じた。 舅の茂造を介護する嫁の昭子の気持ちは痛いほどよく分かる、その反面夫の信利はずるいと思った。親の介護は嫁がするものといった封建的な風習だからだ。 現在デイサービスなどがあるが、この本のなかでは健老会館での老人ク...続きを読むラブが前身だったのか。 茂造は最後、言葉を発さなくなった代わりにニコッと笑うのに可愛さを感じた。
主人公である昭子が今の自分の立場に似ていることが共感が持てた。もちろんすべて似ているわけではないが、老いを看る側や看られる側の感情のもつれを有吉佐和子らしい文章でつづっている。「彼は終わった人間なのかもしれない。ガンも高血圧も心臓病もくぐりぬけ、長生きした果てに、精神病が待ち構えているとは。」という...続きを読む文が心に刺さった。
毎日の楽しみだった。 主人公は立派だったから楽しく読めた。 本来ならそんな事を言ってはいけないのだが。
昭和47年に刊行され、昭和57年に文庫化されたこの本だが、古いと感じることなく響いてくるのは、誰もが老いに直面するからだろう。 仕事帰りに買物をして帰る途中に義父を見かける昭子。 何処へ行くのか呼び止めて一緒に帰宅するのだが、離れに住んでいる義父は家が見えてくるなり一足先に中に入る。 そのあと再...続きを読むび、台所の硝子窓を叩き、婆さんが起きてくれずお腹が空いたと言う。 離れを見に行くと義母はすでに亡くなっていた。 それ以降、義父は痴呆が進み昭子が仕事をしながら介護していくことになる。 息子である信利は、自分もこの先こうなるのか…と思うと直視できずにいた。 ひとり息子も受験生ながら敬老会館の迎えなどを手伝っていた。 家庭崩壊にならなかったのは、昭子の強さと頑張りだろうか。 始めての介護とは思えないほど茂造老人に寄り添い 献身的に尽くす姿に感嘆する。 認知症であっても家で居られるのは幸せなのかもしれない、本人はわかっていないのかもしれないし、何度も何処かへ出て行くとしても戻ってくる家があって、家族がそばにいればいいのかもしれない。
認知症になってしまった義父の介護や避けては通れない身内の葬式などを描いた小説。 何もしない夫への不満とか、義父から虐められた過去の思い出とか一筋縄ではいかない感情が描かれていて良かったです。 高校生の息子がすごくよかったです。斜に構えた若者なのですが、不器用ながらに母へも祖父へも愛情のある態度が...続きを読むよかったです。 50年以上も前に書かれている作品らしいですが、文章も読みやすいし高齢化が進んでいる現代に読まれるべき名作だと思います。
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