無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
吉村昭の小説は軒並み好きで、『羆嵐』をはじめとして何冊か読んできた。
この小説の内容は知らず、黒部の発電所という最低限の前情報から、戦後の黒部ダムを描いたプロジェクトX的な小説なんだろうなと思っていた。ところがどっこい、読み進めるととんでもない小説であることが明らかとなり、度肝を抜かれた。あらゆる意味で現代の常識が通用しない、凄絶極まる物語だった。
まず、その過酷な環境。岩盤の温度が165度、体は腰の辺りまで45度の湯に浸かるというとんでもない状況で岩盤の掘削等の業務を行う……とのこと。平均月収の10倍と言われる給与を貰ってなお割に合わないような、意味不明な労働環境だ。
次に、それを許容する日本の雰囲気。昭和11年という、二・二六事件が起き日本が戦時体制に向かってゆく契機となるエポックメイキングな年とはいえ、人が大量死しようが国家のためにひたすら前に進んでゆく狂気。戦争の凄惨さは様々な媒体で散々見ているが、既にこの頃からこうした労働環境が成立してしまう恐ろしさを感じた。果たして、これが戦争の影を背景にしているからなのか、それとも戦前の人の命の重さはこの程度なのか。
そして、自然の恐ろしさ。隧道の熱さはタイトルのとおりだが、泡雪崩という特殊な雪崩が、宿舎を500m以上吹き飛ばし岩肌に叩き付けたたという事実は、流石に創作なのではないかと疑ってしまうレベル。自然という大きな存在が人に対し牙をむいたときの恐ろしさをひしひしと感じた。
ただ、この小説を傑作たらしめているのは、技師と人夫という二種類の人間が徹底的に別のものとして描かれていることだろう。
最初、プロジェクトX的な話だと思っていた頃は、工事に携わるあらゆる人が同じ方向を向いて完遂に向けて力を合わせるヒューマンドラマが描かれるのかなと思っていた。ところが、読み始めてみると、人権を持った一人の人間として到底扱われておらず、国家の大目的、あるいはひたすらトンネルを完成させたいという欲望の犠牲者……いや、犠牲者ですらない、消耗品であるかのようだった。
先に挙げた過酷な環境、日本の雰囲気、自然の恐ろし現代日本においては、まあ、いくらなんでもここまで酷いものは稀であると思う。しかし、同じプロジェクトの中での、職種ごとの人間としての重さの差というものは、現代において、どれだけ漂白されたように見えても、決して無関係ではないと思う。私も、偶然にも今年は現在現場の人間が見える場所で仕事をしているが、現場とそうでない人間が、お互いを同じ人間として認識していないかのような、見えない壁のようなものをしっかりと感じる。
バラバラ死体をくっつけている技師の真意は文字としては描かれていないが、恐らく現場を抑えるために仕方なくグロ死体を片付けた、程度の認識なのではないかと想像する。 命の値段が高くなったから、このような物語は消えたように見えて、人の心は今も大して変わらずに、どこかで人が死んでいるのだろう。
私も現場で事故があれば、そうやって一芝居打つのだろうか。まあ、そんな度胸はないか。
Posted by ブクログ
大規模工事について、ふと興味を持ち手に取る。
200ページ程の内容で、割とすぐに読み終わる。
戦前の黒部第三発電所工事にまつわる灼熱の掘削作業についての物語。
100度を上回る熱を発する岩壁の中、黙々と掘削が進められ、坑夫が犠牲になっていく。
物語は彼らを指導する技師の目線で描かれていた。
作業日誌のように、作業の進捗と起きた出来事を中心に語られていく。
人の手が加わることを拒むような黒部峡谷の自然が、数多の試練を課してくる。
起きている出来事が現代の基準とは大きく異なる。
社会にとっての人命の軽さ、家族にとっては現代と同じく重い家族の命、太平洋戦争直前の緊迫感、行政組織の歪さ。それが説得力を持って描かれている。
しかし、命を賭す者と指示する者の構造は現代に照らし合わせても同じことが続いているように感じた。
短期間で死に直結することはなくとも、じわりじわりと死んでいっている労働者。
そんな重いテーマを感じた。
Posted by ブクログ
圧倒的な読みごたえと面白さ、学びにあふれていた。
どこまでが真実なのかはわからない。緻密な取材による確かな骨組みと、その上に乗る人間ドラマ。
あとがきで登場人物は架空だと語られていた。恐らくそう大差ないやり取りは実際あっただろうし、真面目で極めつくす性分や帰属意識など日本人として共感できる部分も多い。
厳しく圧倒的な自然への挑戦。泡雪崩ホウナダレという言葉を初めて知った。人間がどうにかできるレベルではない。それでも立ち向かう人々の描写に心を打たれる。
日々上昇を続ける温度の不気味さの表現も素晴らしい。絶望感が重くのしかかってくる。
それでも諦めることなく試行錯誤を繰り返す姿勢に感銘を受けた。
多数の犠牲者が出てしまった。戦争もそうだけどご先祖さまが礎となり守ってくれた日本を、我々もつないでいく責任がある。日々の暮らしで意識することはあまりないけど、ふとした時に思い出すきっかけになればいい。
ところで、文庫本の巻頭に地図が折りたたまれていて参考にしながら読むのに役立ちありがたかった。
が、一番重要なエリアが折り返し部分に当たっていて見づらく残念すぎる。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。