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Posted by ブクログ
あくまでユダヤ教の一派、それも異端派として十字架にかけられたイエスはもういない。存命中に関わった人間と、人間としては関わりが無く信仰の対象として伝えられた人間とが発生する。見聞きしたか、聞いたかで神格化の度合いは異なってくる。発生発展展開の時代がやってきた。
キリスト教がヨーロッパを席巻した後にも、宗派の違いで異端にされたり、火刑にされたり、戦争になったりってあったよなというのを踏まえると、人それぞれがキリスト教の中から信じたいエッセンスだけ抽出して、形作って固めて唯一無二にするみたいなことになるんだなって、解釈の違いってやつ?
最初期にも解釈違いが起こってた上に、"総本山"が跡形も無くなるんだったら、そりゃ地域ごとに芽吹いた信仰がバラバラになるよな。人は信じたいものだけを信じ、見たいものだけ見たいもの。
Posted by ブクログ
『イエスの生涯』の前にこちらを読んでしまったがものすごく興味深く読ませていただいた。
日本人にとって、仏教よりもよほどとっつきにくいのがキリスト教、イスラム教だと思う。キリスト教について知りたいとは思うが、聖書はとても読めないなということできっかけとしてこちらの本を読んだ。
神格化される前の無力な人間であったイエスが、如何にして人類にとってここまでの大きな存在になったのか。人間の弱さ、悩み、もがき足掻く姿が遠藤さんの読みやすく飾らない文章で綴られている。
原始キリスト教団の群像劇として読んでも面白いです。
この本を読むと“沈黙”という言葉の重みがより解るのだなぁ。
キリスト教ってなんなん?と思っている人にぜひ読んでいただきたい一冊。
自分もイエスの生涯も読まなければ。
Posted by ブクログ
イエスの死後、原始キリスト教団の歩みを追い、イエスがいかにキリストに高められていったのかを辿る。イエスの架刑、ステファノの受難、ペトロやポーロ、ヤコブの死、ローマ軍によるエルサレムの蹂躙。これら幾多場面において突きつけられた「神の沈黙」、「キリストの不再臨」。わずかの期間に起きたこれら壮絶な出来事を経てもなお絶望しなかった原始キリスト教団の人たちは、愛のみに生きたイエスを忘れることができない。その意味でイエスはキリストとなり彼等ひとりひとりに再臨したのでは、と結んでいる。著者は「人間が続くかぎり、永遠の同伴者が求められる」と記しているが、宗教の本質を端的に指摘しておられると思い、感嘆する。
Posted by ブクログ
映画の「沈黙-サイレンス」を先日観た。
小説の「イエスの生涯」を先日読んだ。
その流れで、本書を手に取ることに。
映画も小説も遠藤氏は、「神の沈黙」という事をテーマにされているんですね。
ステファノの事件
エルサレムの会合
アンティオケの事件
この流れがキリスト(教になる節目)を誕生させる物語などは、初めて知る内容だけに面白かった中、登場人物のポーロが一番気になった。
ビジネス社会でベンチャー企業だと、ある程度の規模から鈍化することがあっても、熱く猛る信念で、常識を超えて突き進んでいく人が、ある意味無茶苦茶に引っ張る瞬間、異常な壁を軽々と越える時がある。
それも名もなき人達だったりする。
いつの時代も、目立つ人だけが歴史や本道を作るわけじゃない。
イエスの使徒たち皆が、分かっていながらも「何か」に縛られている間に、ポーロという人の持つ、清々しい程の行動力という一点突破で、「ナザレのイエスの物語」だったものを、「イエス・キリストの物語」だけ集約し、昇華させた気がした。
実話と想像と混在しているとは思いますが、実に心躍る一冊でした。
Posted by ブクログ
[その後の話]イエスの死に際して自らの弱さに苛まれたであろう彼の弟子たちは、何故にその後殉教をも恐れぬ熱心な信徒となったのか......。クリスチャンでもある著者が、回答定まらないその問いに答えようと、イエスの死後の弟子たちの歩みを再構成した作品です。著者は、本書と『イエスの生涯』を著したことで、さらなる思考が求められたと語る遠藤周作。
『イエスの生涯』を事前に読んでいたからでしょうか、遠藤氏の考える弟子像というものがすっと頭に入ってきました。その像がいわゆる正統の教義との関係でどう考えられるかまでコメントできる見識がないのですが、遠藤氏自身の自画像が非常に深く弟子像に投影されているように思います。「弱さ」という点が1つのキーポイントになっているのではないでしょうか。
キリスト教の立ち上がりまでの動きが大まかに理解できるのも本書の魅力の1つ。聖書やキリスト教については、それこそ勉強を始めると終わりの見えない世界だと思うのですが、とりあえず概略を把握しておきたいという方には、(遠藤氏の思いが如実に詰まった作品であるということに留意しつつ)非常にオススメできる一冊です。
〜イエスは現実には死んだが、新しい形で彼等の前に現われ、彼等のなかで生きはじめたのだ。それは言いかえれば彼等の裡にイエスが復活したことに他ならない。まこと復活の本質的な意味の一つはこの弟子たちのイエス再発見なのである。〜
どうぞ素敵なクリスマスをお過ごしください☆5つ
Posted by ブクログ
イエスの十字架の死後、12弟子を中心とする原始キリスト教団の使徒たちの心の中に再臨し、神秘的な救いを与えたイエスの復活、そしてキリストの誕生は、弱虫だった弟子たちを殉教をもいとわない強い信仰者に生まれ変わらせた。「汝の敵を愛せよ」、愛の人だったキリスト、2000年前のエルサレム、そして2000年の時空を越えて、今もなお現代世界に生き続けるキリスト教の教えに想いを馳せる。
キリスト教がこれら敬虔なユダヤ教徒の中から生まれ、キリスト教が何故、ユダヤ人を越え、多く異邦人たちの世界的な宗教になったのか?その理由がよくわかる。
イエスが死んでしまったために、原始キリスト教団はその神学的解釈を巡り、その当時から多くの悩みを突きつけられていた。「神は何故、沈黙し給うのか?」「主イエスは何故、十字架で死ななければならなかったのか?」
Posted by ブクログ
イエスの生涯に続いて刊行されました。
イエスからキリストという存在へ変わっていく弟子たちの心理などを本当に質の高い内容で描かれています。「僕は大説家ではなく小説家なんですよ」とエッセイで何度も著者は口にしていました。
それを決して忘れずに読んでいたものの、遠藤氏の文章はどうしても僕に夢をみさせてしまう。読者も多く、たくさんのレビューがあり、十人十色に評価をなさっていることでしょう。宗教と歴史と信仰の危ういバランスを絶妙にとりながら見事な結びまで持っていくその技量を楽しむ一冊として読んでもいいと思います。
キリスト教に関わっている方なら、是非そこに自分の思いも加えてみてください。
Posted by ブクログ
カテゴリ分け困った…。
最初フィクションにしたけど違うよね、たぶん。
遠藤周作を初めて読んだ本。
当時キリスト教に興味があって聖書読み始めたころ。
この本を読み終わって近くの教会(聖公会)に通い始めました。
自分が日本の作家読む気がしないのはやっぱ宗教的視点が欠けてるというか、べつに一神教じゃなくてもいいんだけど、何だろう、人間関係のゴタゴタとか恋愛だけじゃない、それを超えた視点とか、価値観とか世界観とかが自分にはどうしても必要だからです。
自分は幼稚園から中学までクラスのスケープゴートでいじめられたので、男性が怖くて(クラスの男子に殴られたりしていた)恋愛出来なかったし、友達も少ない(ゼロではないが)。
まさに聖書でイエスが言ったように(健康な人に医者は要らない、いるのは病人だ)、ある意味病人だったワケで。
読んでよかったと思います。
文字通り命を救われたかも。
おかげで今は生きててよかったと思ってるし、出来るだけ長生きして人生楽しみたいです。
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