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Posted by ブクログ
メモ
・母なるもの
・小さな町にて
ジラル親父の日記?で描かれる長崎と、今の長崎
「正しい」形式で信仰しないといけないのか?「まことの」信仰とは
父的な厳格さと母的な寛容さ マリアは後者
・学生
終戦から5年経った昭和25年 フランスへの留学
敗戦国の日本人であるということ
対比: 天正の少年使節団 ヴァリニャーノ神父
「人生とは決して心底まで憎むものではないが、また我々の心をすべて惹きつけるものでもない」
信仰の深さのグラデーション 同じ年頃、同じ性別、同じ国籍、同じ宗教でもひとそれぞれ
・ガラリヤの春
エルサレムへの聖地巡礼と母親の記憶
信仰は母親への愛着とつながっている
信仰への揺らぎ
・巡礼
聖地巡礼
「最もアーメンに縁のないような人間に、なぜアーメンはとり憑いたのだろう」
捨てたら楽になるのに、捨てられない信仰
確かなもの
・召使たち
シドッティ、長助、はる
・犀鳥
「人間はには一人になるとなぜか動物だけを友だちにしたい心が起きるんでしょうねえ」
廃教司祭(転び)が飼っていたという犀鳥
・指
美しくなく、逞しくない人間にも赦しは与えられるのだろう
再評価されるべき逸材、遠藤周作
遠藤周作は自身の信仰に疑問を持っていた。作家活動は自己肯定感を得るための試行錯誤である。その活動の一里塚たる作品が「母なるもの」ではなかろうか。隠れキリシタンの信仰は、本家バチカンから見たらはるかに程遠いもの。しかし、遠藤は「これで、いいのではなかろうか」と肯定感を見出した。隠れキリシタン信仰の神秘性と隠匿性をもって地域が結束していたをの確認したから。そこから、遠藤は自身の母親との関係にも思いを馳せる。
目に見える成果や舌先三寸の刹那的芸当ばかり持て囃され、そうでなければバッサリ切り捨てられる昨今。遠藤周作のような、人間の弱さを学識と宗教観で試行錯誤して書きたてる作家はもっと再評価されても良い。
その実、彼の代表作「沈黙」が映画化され、封切間近である。洋画のためか、遠藤の関係者との見識に違いもあり、埋まることはなかったそうだ。それでも、遠藤周作の再評価の前途が明るくなったことに相違ない。
Posted by ブクログ
序盤、読み進めることに少し苦労した。何故ならば、主人公が中年以降の男性という設定であり、更に人生に多少の疲労感を持っていたり、どう頑張っても私の人生経験では想像してもし尽くせないほどの深みを秘めていたからだと考えられる。
日本の隠れ切支丹の「痛み」と「母なるものへの祈り」に触れて、隠れ切支丹の祈りを伝承するという精神的難しさについて想像が膨らんだ。また宗教問題から切り離して、「痛み」「母なるもの」に対する心情に個人的共感を少なからず感じた。
『沈黙』など他作品と関連する内容や、主人公描写が著者について、類似性を考えながら読み解くことも興味深かった。
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