名レビュアー渡辺由佳里氏が運営するサイト「洋書ファンクラブ」を閲覧していた時のこと。
天才数学者フォン・ノイマンをテーマにした小説“The Maniac”のレビューにあった一説に目が行った。
「歴史に詳しい(映画『オッペンハイマー』の)視聴者の中からは『なぜNeumann(ノイマン)のことが描かれ
...続きを読むていないのか?』という疑問の声も上がっていた。というのも、オッペンハイマーは原爆の開発を後悔して水爆の開発に反対して公職から追放されたのだが、フォン・ノイマンのほうは水爆の開発に積極的であり続けたからだ」
自分も映画を鑑賞したが、確かにノイマンという人物はワンシーンたりとも登場していなかった。「『マンハッタン計画』の科学者集団の中心的指導者」だったにも拘らず、だ。
しかしそれ以前に自分は、彼の名前すら聞いたことがなく…。試しに”The Maniac”を調べてみたが未邦訳だったので、代わりに本書を手繰り寄せた。
難解ワードが頻出するだろうと身構えていただけに、ちゃんと読み進められて拍子抜けした。時代背景や関係者の解説を交えながら彼の価値観および人物像を浮き彫りにしているので、評伝と呼んでも良い。
難解ワードもバランス良く盛り込まれていて、「歴史と数学、両方の世界を熟知しているからこそこんなにも分かりやすいのか」と著者の力量に敬服した。
オーストリア・ハンガリー帝国はブダペストの生まれ。
オッペンハイマー同様、幼少期からとんでもなく頭脳明晰で運動が苦手だった。家族はそんな息子に惜しみなく愛情を注いだ。
幸せなエピソードを知っていくたびに辛くなる。「どうして将来あんなことをしたのか」と。
「フォン・ノイマンは、我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない、という興味深い考え方を教えてくれた。[中略]それ以来、僕はとても幸福な男になった」
専門の数学以外でも標的を正確に狙う確率を計算する、プログラム内蔵方式のコンピュータを考案。現在も戦闘機などにそれが応用されている。(冒頭に書いた”The Maniac”は、ノイマン考案のもとで開発されたコンピュータの名前)
広島・長崎に投下された原爆の設計を考えたのもまたノイマンだ。他の研究者らが使用を躊躇する中、「科学的に可能だと分かりきっていることはやり切るべきだ」とのちの水爆同様に積極的だった。まさに「人間のフリをした悪魔」をよく表している。
「日本も何故もっと早く降伏しなかったのか」と日本側の事情も深掘りされているので、アウェイ感にならなくて済んだ。「ドイツの直後に降伏していれば投下は免れた。間接的にであれ、日本の戦犯者は原爆で国民を更に虐殺した」と著者は語る。
ノイマンの死因はガンで、核実験で何度か浴びた放射線が原因と言われている。他人の介入する隙を見せなかった、彼らしい最期だったのかもしれない。
それに一方的に命を奪われた日本国民とは違って、死を実感しながら自分の研究・信念の正しさを今際の際まで信じていられた…。
最後までとうとう、彼を人間として見ることができなかった。