新型コロナウイルス感染拡大の危機と戦う人々を2016年に描いていた『インハンド』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー
今回は『インハンド』をレビューします。右手が義手の寄生虫専門科学者(天才で変人)が病気に関わる難事件に立ち向かう、骨太ガチンコな医療ミステリー漫画です。著者は朱戸アオ(あかと・あお)さん。医療監修はヨシザワアキラさん。当初は講談社「アフタヌーン」での短期集中連載で、現在は「イブニング」で連載中、単行本は3巻まで出ています。2019年には山下智久さん主演でテレビドラマ化されました。
『インハンド』作品紹介
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『インハンド』1~3巻 朱戸アオ/講談社
『インハンド』を試し読みする
今回、この作品をレビューしようと思ったのはもちろん、いま世界中が新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大で大変な状況に陥っている中、フィクションの力を借りたいと思ったからです。アルベール・カミュ『ペスト』や、小松左京『復活の日』などを想起する方も多いようですが、私はずばり“新型コロナウイルス”感染拡大と戦う人々を、2016年の時点で描いていた『インハンド』を推したい。
と言っても実は、新型コロナウイルスについて描いているのは、現在イブニングで連載中の『インハンド』ではなく、アフタヌーン連載時代に刊行された『インハンド 紐倉博士とまじめな右腕』の第1話「ディオニュソスの冠」です。こちらはいま、イブニングKCから新装版として『インハンド プロローグ(2) ガニュメデスの杯、他』と名称を変えて刊行されています。
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完結『インハンド プロローグ』 全2巻 朱戸アオ/講談社
『インハンド プロローグ(2) ガニュメデスの杯、他』を試し読みする
本作の主人公は、紐倉哲(ひもくら・てつ)。右手が義手、寄生虫専門の科学者、天才、金持ち、傍若無人な変人という、特徴山盛りな男。『インハンド』で相棒役の助手・高家春馬(たかいえ・はるま)は、この「ディオニュソスの冠」からの登場で、元医師の塾講師です。
高家は、従姉妹の死因が話題の新型コロナウイルス(TARS)ではないかと、担当医に疑問を投げかけます。しかし医師は、厚生労働省の定めた症例定義「発症前10日の間に東南アジアに旅行した者」という項目に合致していないので、TARSの検査はしていない、と言うのです。うーん、なんだか既視感。その医師に返した高家のセリフには、ギョッとさせられました。
その症例定義と検査体制だと もし厚労省の水際作戦がすでに失敗していて国内でTARSに感染した人間がいても 永遠に発見されないんじゃないですか?
その厚労省の症例定義を変更させるために動いている内閣情報調査室の人間が、紐倉をアドバイザーに雇い、高家と遭遇するのです。感染しているのに無症状な「スーパースプレッダー」が水際作戦をくぐり抜け、多くの人を感染させてしまっていた――というのが、この「ディオニュソスの冠」のあらすじです。
読んでいて何度も、現実に起きていることとの符合に戦慄してしまいました。リアルすぎる! 本作、他の話もみな医療関係の骨太ミステリーです。巻末にも膨大な参考文献が載っており、医療監修まで付いているというガチンコっぷり。もっとも、紐倉の変人っぷりが浮世離れしているので、バランスはとれているのかも?
なお、実はこの「ディオニュソスの冠」は、講談社のウェブマガジン「モアイ」で、アフタヌーン掲載時の誌面がそのまま無料公開されています。ハシラの「何度も何度も書き直し、数えて26稿、ボツになったネームの重量は3.3kg!」という朱戸さんのコメントにも戦慄させられました……ぜひ、いま読んで欲しい作品です。
完結『インハンド プロローグ』 全2巻 朱戸アオ/講談社
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