【感想・ネタバレ】パニック・裸の王様のレビュー

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開高健、大発見。こんなに面白かったとは…。現在、神奈川近代文学館で行われている企画展「『おまけ』と『ふろく』展 子どもの夢の小宇宙」でグリコのおまけに人生を賭けた男、宮本順三が紹介されていて、そこで開高健の「巨人と玩具」がお菓子のマーケティングを舞台にした小説として触れられていました。これは!と思い探したのが、この新潮文庫でした。もちろん、文豪としてお酒のCMに出たり、週刊誌で若者の人生相談を受け止めたり、アラスカへの釣り旅の写真集とかで大活躍している時代を知っていて、しかも彼は洋酒メーカーのコピーライターであったことも知っていましたが、でも彼の小説、ちゃんと読んだかな?というぐらいの作家でした。「巨人と玩具」の消費社会への眼差し、あるいは「パニック」の官僚制度への距離感、芥川賞受賞作である「裸の王様」の教育の閉塞感…そのどれもがメチャ今っぽいテーマだと思いました。コロナ禍によって小松左京の「復活の日」やカフカの「ペスト」の先見性が注目を集めましたが「パニック」もまさに先駆けるパンデミック文学です。いや、予言性というより人間の本質は変わらないってことなのかもしれません。その普遍性がテーマになっているように思えるのが「流亡記」。でも実は今回の読書、大発見じゃなく再発見なのでした。「裸の王様」、高校時代に読んでいたこと薄っすら思い出しました。あの時、気づけず、今、刺さるってことは、社会や時代に翻弄されないと、感じることの出来ない感情がテーマだからなのかな?この作家がデビュー作で立ち向かったこの巨大なるものはのちに「オーパ!」や「ベトナム戦記」に繋がり「風に訊け」に至るということである日突然メディアの文学スターになった訳じゃなくて、ずっと一貫していたのかもしれません。

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2023年09月11日

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ネタバレ

〈裸の王様〉
作者の文壇登場を飾った短編4作の1編。
芥川賞受賞作。
カタカナで記された画材の数々…上流家庭の内情とは裏腹に瀟洒なその家屋の佇まい…それらが作品全体に洒落た雰囲気を醸していました。それが主題の重さを和らげていたと思いました。
主人公の功利主義への反発心が大人社会の歪形を受けた或る幼い少年との出会いからどう進展するのか?
驚くべきは焼け野原から復興日浅くして(12年程経過)これ程“完成した”閉塞感が確立していた事です。それは無数の功利主義の集積による皮肉な成果だったのでしょうか?
それに対して、主人公の絵画の指導を介しての“命の救出”は読前には非常にヒューマニズムに富んだ内容の展開かと思われたのですが読み進むうちに、この社会から受けた鬱屈を晴らす為の復仇の道具立てなのでは?と思われるフシが目立ち始めましたが、又別の方向性も見えました。『泥まみれでも垢だらけでもよいから環境と争えるだけの精神力をもった子供をつくりたいですね、』それは肥大化の一途を辿りつつあった現代機構の圧迫への著者のレジスタンスの立ち上げとも思いました。
総括として主人公は「歪形」からの解放者なのか?「社会順化」への妨害者なのか…サスペンスという言葉の原義に愚直に従うならば読後に果たして、そのどちらかしら?という宙ぶらりんな小さな不安感に襲われました。しかも、その評価はその時々の世相により変転するのではないか?という所に本作の深みを感じました。

戦前、戦中派の人々が漠然とした不安感としてだけしか捉えられなかった社会組織のなかの人間という現象を初めて言語化して文壇に提示したのがこれら4編です。これが世に出た事で著者は“現代作家”としての面目を躍如とさせました。
だが、これは昭和30年代時点での“現代作家”というだけでなく令和の今日でも引き続き「現代」作家であり続けていると思いました。
それは、これらどの寓話も発表当初の「もはや戦後ではない」時代から高度成長期…石油危機以降…ジャパン アズ ナンバーワン…更に21世紀に突入した今でも、これらの読後感は、そのまま、その時代その時代の社会潮流の水面下に投下した浮子の如く世相を推し量る物差しとしての役割も担えるかと思います。
こうした意味で開高健のこの一冊に対しての“現代の小説”という称賛は色褪せないでしょう。
以下に他3作品の感想を順に記します。
〈パニック〉の読後感は場面転換が鮮やかで映画を見た様な印象でした。短編という圧縮されたスタイルがその効果をさらに高めたかと思いました。
イタチの飼育室…ガラス張りの庁舎…晩秋の雑木林…忙中閑の夜の酒場のグラス…その間にも次第に巨大な集団と化してゆく鼠どもの不気味な予兆…このスリリングな展開の中で役所内で繰り広げられる上下左右の人間劇…やがて社会パニックへ…
感覚的な印象が薄らいだ後に更に感じたのは、人々が医療をはじめ様々な文明の恩恵に浴している環境で暮らしている世相と、逆にそれらが脅威に曝されている時とでは読み手の作品構成への着目点に差異が生じるのでは?という事でした。
すなわち前者の場合は作中の人間劇の方が主体となって鼠害の暗い影は後退し、後者の場合はその人間劇が長い暗く重い影で覆われるという具合です。世相、環境の違いで読後感に相違が生じるのではなかろうか?と思いました。
〈巨人と玩具〉は巨大企業とその下の人間群像が作品の柱ですが、ここにもう一つ『たまたまガラス壁のむこうの見物人のなかに』発見されて、たちまち作中のヒロインと化す一人のモデル『京子』の存在が目を引きました。読み始めは『巨人』と『玩具』の二極のイメージだったのが巨大組織とその宣伝課に所属する主人公の『私』らと『京子』の三者並立の構図を印象づけられました。自社商品の販売競争を取り巻く、この三者三様の呻吟が本作品の推進力ですが読後感がやや寂しい印象を受けました。標題と作品冒頭の印象からして結末はもっと、読者の固定観念を覆す様な陽性な読後感が欲しかったのですが、主人公の現実逃避的な印象が残念でした。
しかし本作を読んで驚いたのは、この発表が昭和32年…焼け野原の敗戦から僅か十二支のひと回りです。この前年の経済白書に「もはや戦後ではない」と意欲あふれる言葉が記された、その復興ぶりもさることながらその水面下にこれ程の構造の完成と“成熟”が存在していた事です。
〈流亡記〉は全4編の内の最後に読みました。他3編には我が国内の晴朗な日射し、現代建築の外観や人物の会話などにまだしもの救いがありましたが、ここは正に不毛の異郷に投げ込まれた様な衝撃を受けました。白か黒かの両極しか許されぬ非情さに貫かれ出口のない無間地獄
的な「閉塞」の世界を感じました。閉塞は他編にも感じましたが戦後の「島国」のそれとは異なる茫漠たる大地のそれは本作に圧倒的な迫力を付与しています。

主人公の生まれ故郷の町は『小さくて古』く『地平線上のかすかな土の芽』と喩えうる程、卑小な存在でした。町の外周には緑色の畑の描写が僅かにありますが、それは本作を読み進む中で色彩感覚として霧消しました。結末まで黒い諧謔に満ちた歌詞が連綿と続くカントリー音楽を背景とした黄土色のモノクロ映画を見せられた印象を持ちました。自ら見たのではなく受動的に見せられたと感じました。

舞台は始皇帝統治前後です。改行少なく連綿と続く独白体の文章に残念ながら眠気を催すこともありました…笑。これは他3編には無かった事でした。だが、それが作中の所々でハッと覚醒を強いられたのです。
それは作者の執筆時点での、現代という時代帯の将来を見通した予言めいた真実味に富んだ洞察力、先見性の為です。初出は1959年です。
或る箇所で、対ベトナム戦でその戦略的欠陥を露呈させた(68年以降)米国への風刺か?と思わされたからです。
作中、時は移り秦帝国の統一的統治が始まり治安による安寧の色彩が回復したかと思ったのも束の間、帝国の兵卒らに主人公は町の男達共々、長城構築の為、辺境へ連行されてしまう。その徴集された人員は全地方から膨大でした。
この巨大構築作業は外在する匈奴達をさらに遠く駆逐する為でしたが、彼は次第に帝国の巨大機構に心身を圧迫され、閉塞感もつのり、遂に、こともあろうに敵対する剽悍な匈奴に対し憧憬の心を抱くに至ります。
作中この辺りの描写には70年代中期以降顕在化した流れ作業や分業の欠陥をデフォルメした物か?と思わされ、更に大帝国の微に入る統治機構は今の電脳統治を彷彿とさせます。この古代の徹底した統治の前では現代のデジタル専制も、この古代の叫びに対する新しい谺での
返答にすぎぬのでは?とさえ思えてしまいます。

この独白劇は終幕へ向けて匈奴への憧憬がさらに増し自らも彼らに成りたいとまでに心は傾斜して行きます。彼らは長城の外にいます。彼らの元へ馳せるのは果たして「逃亡」か?新たに開拓地目指す「脱出」か?前者は受動的であり後者は積極的行為です。
著者のあまりの筆力に読後感を「逃げ場無き逃亡」を目指して…などという受動感覚で終息させたいのですが、これですと私にも許されぬ“未来”が待ち受けている気がして落ち着きません。それは私も作者開高健も主人公も『新鮮な上昇力に接し』て『蘇生』しなければ活路が無いからです。
この作品を敢えて「寓話」と呼ぶのであればー私には本作にどうしても不気味な既視感を覚え寓話と呼ぶに憚りが有りますーそこに主人公の心の傾斜の推移を読み取り、それをいかに短調的曲調から長調的かつ積極性に富んだ魂に変調させうるかという知的考察力だけが『蘇生』への「脱出」を助ける唯一の活路への第一歩につながる武器になるだろう…という事、又、そうしなければ救いは無いだろう…という事を結末感想にしたいと思います。

以上により〈流亡記〉は感想というよりは印象を、印象というよりは衝撃を受けた作品となりました。





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2022年10月10日

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高校の現文の先生が人生で三本指に入る小説だと授業で言っていたから急いで読んだ。
読んだことを伝えたいがあまり、「主人公もまた他の大人たちと変わらず独善的じゃないか、と思った」と早急な感想を伝えてしまった。
「そこがわかっていれば大丈夫だ」と返され嬉しくなった。

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2022年02月10日

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読む機会がなく、恥ずかしながら初めて開高健を読んだ。
さすがである。4話の中に共通するのは、人間の逃れられないと思われている自己防衛本能である。

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2020年05月03日

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パニック・裸の王様。開高健先生の著書。優れた小説、優れた作品は時が経っても決して色褪せないことが分かる不朽の名作です。社会の不条理や理不尽な権力者に対する反抗心を感じさせる内容で、心が揺さぶられます。

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2018年10月06日

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猫作家ときいて買ってみたらねずみだった。
スカッとした文体でひじょーに読みやすくて、話も分かりやすくて面白かった。
あんな簡潔な文体やのに、「裸の王様」に出てくる子どもたちがいきいきと目の前で動き回る。びっくりしたわ可愛くて。いい先生だね。

「巨人と玩具」読むとキャラメル食べたくなるよ。

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2015年01月19日

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ネタバレ

表題にもなっている「パニック」と「裸の王様」がおもしろい。「パニック」は県庁が舞台で、鼠大量発生に困る話と分かった時からぐっと入りこんだ。社会派の話は普段はあまり読まないのだけれど、これはいい。鼠が集団でただまっすぐ走りつづけるという習性にとても象徴的なものを感じた。
「裸の王様」はそれまで権力のきたなさを各作品で感じてきているからこそ、ここに出てくる太郎が心を獲得していく過程にうんと感激した。最後の最後、審査会で大人をアッと言わせる場面はなくてもいいと思ったけれど。なんだか太郎の描いた裸の王様さえも利用されてしまった気がしたのだ。

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2022年08月08日

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ネタバレ

こういう文章を書いてみたいと思わせるような文学性の高さは見せつつも、決して読みにくいということはなく終始読者フレンドリーで面白かった。

『パニック』は、著者が筆に託して描きたかったものは果たしてなんだったのかが、読み終わってからようやくわかる筋立ての作品だった。そのためか、組織内政治の描写をそんなに読み込む必要はなかったなと若干の徒労感がある。ただこの作品の勘所はそんな陳腐なテーマじゃない、なんてことは著者のレベルを考えればそもそも自明だった。

『流亡記』は、序盤にほぼ固有名詞が出てこないため、古代中国の城邑っぽい架空の時代と場所が用意された物語として読むこともできる、というか残虐性が高くてそう読むよう誘導される。そのなかに突然出てくる「咸陽」で、読者は秦初の中国のどこかにいることに気付かされる。これは、元々帰属する国など持たなかった主人公と城壁の街が、突然秦の統治機構に組み込まれて帝国民になり、時間意識を与えられたことに合致する。読者が主人公と同じタイミングで同じ情報を与えられるという技巧が面白い。
争いはなくなったが、かつてあった他者との連帯が厳格な法執行と管理のもとで失われていくという問題意識に新規性はないけれど、物語中のシステムに組み込まれて潰されていく人間の有様には真実味があった。

それでも一番面白かったのは『裸の王様』かもしれない。

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2024年04月02日

Posted by ブクログ

ネタバレ

過去にも読みましたが、実に20-30年ぶりくらいの再読。

いやあ、なかなかしびれました。

本作、4編の短編から構成された作品群ですが、強烈に感じたのが、通底するシニシズムでありました。お金、権力、偽善への痛烈な批判のようなものを感じました。

・・・
「パニック」では、若手公務員の視点で描かれます。

自らの属する官僚組織に巣食う汚職や腐敗、権力を毛嫌いしまた見切りつつ、120年に一度起こる恐慌(ネズミの巨大繁殖とその後の農作物大被害)について声高に対策を上程します。新人の戯言として無視されるも、これを「想定の範囲内のもの」としてあえて看過。のちにネズミ恐慌が起こった時の「それ見たことか」感。

この斜に構えた感が個人的には大分共感しました。まあ私は50歳手前で「それ見たことか」感出しながら仕事しているダメなおじさんですが笑。

・・・
「裸の王様」もまた、シニシズムを湛えた、こども絵画教室主宰の「ぼく」の視点からの作品。

やや理想主義ながら、こどもの絵をかく能力を「自由に」「制約なく」描かせることに腐心する主人公と、それを無意識に阻んでいる親や家庭環境、あるいは教育の現場。こどもに真正面から向き合わない親や教育現場を痛烈に批判します。

表面的な美徳に潜む腐臭、善意の顔をした商業主義のようなものを全力で揶揄しようとするかのような作品です。

・・・
「巨人と玩具」で感じたのはむしろ徒労感、でしょうか。

レッドオーシャンにあえぐ菓子メーカーのキャラメル部門をめぐる話。競合三社があの手この手でシェアを増やそうと努力しつつという中で、「私」が見た宣伝部でのイメージキャラクタの選定や景品の選定などをめぐる話。社会派の作品でありながら、すさんだ競争社会を揶揄しているような作品でもありました。

ある意味この昭和の営業現場の熱気は、今でいうベトナムやインドなどの熱気などに似ているかなあと感じました。徒労感という意味では、私が勤めていた証券会社での終わりのない営業ノルマを想起しました。

・・・
「流亡記」は中国は秦の始皇帝が始めた万里の長城構築をモチーフにした、用役人夫の視点からの作品。

人夫が用役に駆り出される前から物語は始まりますが、最終的にはこの人夫の達観がこれまた徒労感を呼び起こします。駆り出されたことは不幸といえば不幸。でもこれを駆り出す役人も、規定の人員を規定の日付まで送り届けなれば死刑。つまり管理する側される側は同じ土俵で死と向かい合う。人夫は将来の反乱も予想するも、長城の建設・辺境での戦い、王位に就くものの横暴等は続いていくものとの達観を得ます。

単調さの中に物語は終えますが、シニシズムが光る一作。

・・・
その他、全編にわたりとても密度の濃い書きぶりも気になりました。流麗な比喩や美辞とでもいおう表現が多数使用されています。

とてもライトな書きぶりとは言えないのですが、密度の濃い文章は味わい深い読み口であったと思います。

・・・
ということで開高氏の初期作品の再読でした。

本棚整理のための再読ですが、これは取っておくかどうか迷うところです。斜に構えた感じがとても私のツボでありました。他の作品も読みたくなりました。

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2024年03月30日

Posted by ブクログ

難しい!近代作家の文体には暗澹としていて無彩色なイメージを感じるけど同様の印象を受けた。読み進めるのには体力が要るけど面白い。表題作の『パニック』『裸の王様』、他収録の『巨人と玩具』は、社会や組織の中で蠢く男たちの権力に対するへつらいや愚かさが寓話のようなシニカルな明快さで描かれていた。最後の『流亡記』は秦の始皇帝即位からの社会変革や、明確な貧富の差から生まれる圧政や隷属制度の物語。話としては一番現代からかけ離れてはいる筈なのに、今感じている政府への凄惨な停滞感に共感すると思わなかった。

「私たちの時代はもう久しく新鮮な上昇力に接していないのだ。」(流亡記)

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2023年04月21日

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開高健の初期(なのかな?)短篇が集まった本。
個人的には長篇よりも読みやすくて、ギュッと開高健の魅力を堪能できた気がする。
きっとこの時代の「今」を彼なりに切り取ってそこに視点を見つけて描いていたんだろうな。でも何年も経っている今でも、その視点は生きているし、それだけまだダメな社会ってことなのか、開高健の視点が鋭かったのか。

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2023年04月07日

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初めて読んだ開高健。
純文学作家のイメージが強かったので、内面と個人がテーマの作家なのだとばかり思い込んでいた。
実際に読んだ印象としては、「社会と個人」「組織と個人」「システムと個人」がテーマの作家である。内へ内へと向かう純文学作家は多いが、世の中を俯瞰するような視点で外へ外へと向かう作家は珍しい気がする。社会現象の中で翻弄される個人。争う個人。開高作品の主人公に「自分が間違っているのではないか」というナイーブさはなく、まずは環境の中でいかに呼吸するか、という強さがある。生きるべきか死ぬべきかという地点で悩む主人公が多い純文学の中で、生きることが前提で、どう生きるかを模索する姿は戦っているように感じた。

●パニック
120年に一度のネズミの大繁殖が起きる。組織内政治の中で主人公はどのように事態を解決するのか?
●巨人と玩具
老舗お菓子会社に勤める主人公。マーケティング担当者と共に戦略を練る。素人の女の子をスターダムに乗せて宣伝に利用するが…。
●裸の王様
絵画教室を開いている主人公の元へ、大手文具メーカー社長の息子が入塾する。母親にさえ心を開かない子だが、絵を通して主人公と仲良くなっていくが…。
●流亡記
秦の始皇帝時代。万里の長城建設のために奴隷として狩り出された男の視点から、時代と組織に縛られた人生を描く。

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2022年11月02日

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ネタバレ

『パニック』
一つの自然災害が火種となって、政治家の汚職や若者のデモに飛び火していく展開は、コロナ禍の今と重なるものがあるなと思った。

人間の文明や知略、そして生命までもを食い殺した鼠の群が、そんな事は全く無関係に湖に一直線に飛び込んで死んでいく光景がとても鮮烈。生命の不条理を感じた。

パニックは120年後にまた訪れる。鼠達の群れは湖の底でまたギロリと目を光らせるのだろう。そのようなパニックの中に置かれてこそ、人間の生命は生々しく輝きを放つのかもしれない。

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2022年10月05日

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「開高健」の短篇作品集『パニック・裸の王様』を読みました。

『ベトナム戦記』に続き「開高健」作品です。

-----story-------------
【開高健 生誕80年】
甦れ、反抗期。
偽善と虚無に満ちた社会を哄笑する、凄まじいパワーに溢れた名作4篇。

とつじょ大繁殖して野に街にあふれでたネズミの大群がまき起す大恐慌を描く『パニック』。
打算と偽善と虚栄に満ちた社会でほとんど圧殺されかかっている幼い生命の救出を描く芥川賞受賞作『裸の王様』。
ほかに『巨人と玩具』 『流亡記』。
工業社会において人間の自律性をすべて咬み砕きつつ進む巨大なメカニズムが内蔵する物理的エネルギーのものすごさを、恐れと驚嘆と感動とで語る。
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芥川賞受賞作の『裸の王様』を含む4作品を収録した短篇集です。

 ■パニック
 ■巨人と玩具
 ■裸の王様
 ■流亡記
 ■解説 佐々木基一


『パニック』は、120年ぶりに笹が実をつけたことから、その翌春に鼠が大量発生することを知った県庁の山林課の職員「俊介」が大繁殖した鼠に立ち向かう物語、、、

前年に対策案を上申したものの、上司に握り潰され、対策を施さないまま春を迎えます… 予測通り鼠が大量発生し、農林業に大きなダメージを与えるだけでなく、穀物倉庫や赤ちゃんまでが襲われる事態に。

住民はパニックに陥り、被害は拡大の一途を辿る… 上司たちは責任転嫁に必死になり、、、

SFっぽいパニック作品でしたね… 題材が面白いだけでなく、上司たちが保身に走ろうとする小役人らしい姿が巧く描かれていて、面白かったですね。

組織の中で、生き残るためにどう振る舞うべきなのか… どうすれば、最小(ミニマム)のエネルギーで最大(マキシム)の効果をあげる(ミニ・マックス戦術)ことができるのか、、、

パニックの中でも、自分の地位を確保することを考える、人間の嫌らしさが印象に残った作品でした… 本書の中で、イチバン面白かったですね。


『巨人と玩具』は、キャラメル販売を主力とする「サムソン製菓」の宣伝部員である「私」の視点で、キャラメルの人気が下降する中、ライバル会社の「アポロ」と「ヘルクレス」との過酷な販売競争を描いた物語、、、

キャラメル販売を伸ばすために、各社とも知恵を絞ってキャンペーンを実施します… 子供が喜ぶものをとあれこれ知恵をしぼるのに対して、「アポロ」が母親向けに、子供が大学を出るまでの奨学金を懸賞にしたことで勝敗は決したかと思われたが。

「アポロ」は、食中毒騒ぎであえなく撤退し形勢逆転… しかし、消費スタイルの変化による売り上げ不振が、、、

現代のマーケティングにも活かせそうな宣伝合戦が興味深かったですね… 著者のサントリーでの宣伝部員としての経歴が色濃く反映された作品なんでしょうね。


『裸の王様』は、裕福だが家庭をまったく顧みない父親(「大田絵具」の社長)と、その後妻に育てられ、感情の発達が著しく疎外されている少年「大田太郎」が、主人公で絵画教室講師である「僕」による独特の指導によって、子どもらしい感情を取り戻して行く物語、、、

「僕」が周囲を見返すエンディングはスカッとしましたが、ちょっと物足りない感じ… 子どもを教育するうえでの理想には共感できましたね。


『流亡記』は、中国が初めて一人の皇帝に支配されるようになった秦の成立前後を、一人の庶民の目から描いた作品、、、

万里の長城の建設のために地方の町から徴用されてきた男の独白による物語… 弱者である半農半商の庶民が、強者に抗することができず、その無謀な命令に翻弄されざるを得ない徒労の日々を淡々と語ります。

歴史の歯車にさえなれない男の悲劇的な人生が描かれていましたが… 改行が少なく、文字がぎっしりと詰め込まれており、読むのに疲れましたね。



どの作品にも共通しているのは、清く明るく元気よく、乗り越えることができそうにない困難な問題にがむしゃらに取り組む聖人君子のような英雄は登場せず… 計算高く利己的で、様々な欲求を満たそうとする、狡猾な人物が登場することかな、、、

ムッとする体臭を感じるほど、リアルな人間像… 人間の誰しもが持っている闇の部分、暗部を巧く表現してあると感じました。

人間って、純粋であれば純粋であるほど、惨酷な面があるんだなぁ… と感じましたね、、、

自分の中に潜む闇について… 自分にだって、そんな部分があるんだよな と、考えてしまいました。

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2022年09月17日

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初開高健。
前々から気になってはいたが、こんなに面白いとは。
四つの作品で扱っている題材は様々だけれど、題材を通してその舞台である社会を見つめているという点が一貫している。
どの作品も面白いが読むのにかなりのエネルギーを要した。
表題作の『パニック』と『裸の王様』が比較的分かりやすくて良かったかな。

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2020年02月02日

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ネタバレ

ずっと気になっていた作者の、有名な小説を読んだ。

「パニック」「巨人と玩具」「裸の王様」「流亡記」の4編あり、僕はタイトルとなっているパニックと裸の王様が印象に残った。
流亡記はちょっと描写がグロかった。

パニックは、役人機構の腐敗をうまく表しているが、それがメインではなく、ネズミの群れがもはや一つの巨大な物体となり、台風のように人を襲い、それが湖へ消滅していく圧巻を描いている。

裸の王様は、審美眼を持った「大人」たちの目には映らない、というよりむしろいかに我々がなにも見ていないかを表している。
いや、知らんがな。感想が陳腐だ。これこそ裸の王様の家来になった人の感想だ。

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2019年05月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

開高健 なるほどの再会
再読してみて、筆力に脱帽。
裸の王様」裸だったのはだれか。2重にも3重にも読み取れる。そして太郎の存在。
パニック 漫画で見たが、原作の迫力。最後レミングみたい川で全滅にしなければならないか。他の結末を期待したけれども、そこが肩透かし。人類の滅亡を暗示?

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2019年05月18日

Posted by ブクログ

開高健氏の代表作『ベトナム戦記』『輝ける闇』と続けて読んだが、それらとは違う、芥川賞作家としての開高健がここにあった。『パニック』『裸の王様』『流亡記』、いずれも甲乙つけ難い珠玉の作品だが、自然現象と厭らしい人間模様を描いた『パニック』と、始皇帝を題材として人間の残酷さと時代の流々転々を描いた『流亡記』が面白かった。

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2018年12月17日

Posted by ブクログ

懐かしくて手に取り、「パニック」だけ読んだ。
高校時代以来か。
あの頃には分からなかった役人、というか大人の嫌な世界が、実感を伴って感じられた。が、それ以上に自然の前では無力化な人間の姿を描いた作者に思いを馳せられる作品。
残りの作品も読もう。

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2017年12月18日

Posted by ブクログ

第38回芥川賞で、大江健三郎の「死者の奢り」と争って受賞した「裸の王様」を含む4つの作品が掲載されている。

「パニック」…街に大繁殖したネズミ駆除を行う役所
「裸の王様」…子供の絵画コンクールを巡る関係者の駆け引き

など、扱っている題材はそれぞれ異なるが、
どれも「組織」「体制」の中で、無力さを感じ葛藤しながらも一人奮闘する個人を描いている。

どの主人公もまっすぐな熱血漢ではなく、自己中心的な心情を見せたり、他人の行動を冷ややかに観察し批判したり、?と思うところはあったが、同じ社会人として、「組織」の中で生き抜くには、一筋縄ではいかないこともあるのだよ、と同感する部分は多かった。

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2017年07月17日

Posted by ブクログ

初めて読んだ。
面白い。
短編集ですが、どの話も、
人として生きていく上で、
抗うことの出来ない矛盾のようなものが
あってとても良い。

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2017年07月07日

Posted by ブクログ

開高健さんの情熱やパワーが詰まっていて、それに圧倒されました。文字に力強さがあって、のめり込むように読みました。
パニックは、自然に対する人間の無力さが現れていて、最近の震災や原発の問題とかぶるところがありました。考えさせられる作品でしたね。

#読書 #読書記録 #読書倶楽部
#開高健
#パニック #裸の王様
#2016年49冊目

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2016年05月27日

Posted by ブクログ

大衆社会、官僚制化。これら現代社会の特徴を個別に追究するのではなく、これらを(ネズミと人間に擬して)「大衆vs.大衆」、「大衆vs.官僚組織」と対決させてしまうという独創的なアイディアが光る「パニック」は傑作。また、官僚制化を始皇帝による秦国建国という壮大なスケールの歴史的事業に乗せて描く「流亡記」も傑作。「巨人と玩具」、「裸の王様」は(少なくとも今となっては)平凡な作品だと思う。

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2021年10月19日

Posted by ブクログ

パニック、非常に面白かった!
開高健の作品を最近読み始めたばかりで、先に血生臭い作品を読んでいたため、こんな作品も書くのか・・・!と驚いた。
序盤はちょっと残虐な描写もあるが、読み進めていくと作品の世界にどんどん引き込まれる。
裸の王様も同じく、読んだ後に一息ついて余韻を楽しんだ作品。
一人の少年の心に寄り添い救いたいという主人公の想いと行動は、こんな大人がいたら子供は嬉しいだろうなぁと思った。
一方、その主人公は大人だけを相手にしている時はまるで別人。そこがまたこの作品の魅力かと思う。
巨人の玩具、これは熾烈な企業競争の世界に引きづり込まれる主人公の奮闘が面白かった。

流亡記、グロい。残虐。ちょっとトラウマ。
急に開高健のアクセル全開やん、てなった。主人公の元いた街?村?の住民たちの受けた仕打ちが悲惨すぎる………。

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2023年04月27日

Posted by ブクログ


芥川賞受賞の初期作品集。
社会的な喚起を伴う堅真面目な文体。
言葉選びや話の運びが凄まじく上手いが、流石に真面目すぎで読み疲れしてしまった印象。

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2023年01月19日

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ネズミの大発生による街の混乱、それを予見していた役人による奔走、そして現実を直視しようとしない官僚による保身。おそらく21世紀においても、現代の寓話と読めてしまう「パニック」。主人公の男性は、よくある近年の小説(いわゆる「お仕事小説」)における公務員のように奮闘をするのですが、どこか事態を――そして自身すらを――冷めて見てもいます。

後年になって作者は、初期の作品を「遠心力」だけで書いたと述べていたそうです。なるほど、作者の視線は主人公の感情よりも外側の社会に向いていますし、それはつづく「巨人と玩具」においても類似しています。子ども向けの製菓産業を舞台にして、主人公が勤める会社の悪銭苦闘と、主人公の周囲の人間模様をリアルかつクールに描いています。

個人的には、上記2作の(「お仕事小説」ではなく)仕事小説が、巨匠の魅力と実力の一片を知れてよかったと思える作品です。下世話な言い方をすれば、「買ってよかった」と思える2作。

つづく残り2作は、子どもの想像力を大人と対比して美化する『星の王子さま』に(少なくともテーマ的には)似ていなくもない「裸の王様」と、壮大な計画のもとに編成された指導者と労働者による組織がもたらす不条理を活写するカフカの「万里の長城」を思わす「流亡記」。このように、どちらも先行作品を想起させてしまい、どうしても楽しめなかったというのが実情です。

カミュの『ペスト』、開高健の「パニック」、そして現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』巻頭に所収された陳楸帆の「鼠年」は、ネズミの大発生によるパニックものとしておススメです。

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2020年10月04日

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開高健 短編集。「裸の王様」「パニック」は 読みやすく、モチーフの本来の意味 と 小説のテーマを リンクさせた構成が 面白い。「なまけもの」「流亡記」は 落ちていく人生 という感じ

「 裸の王様 」アンデルセン「裸の王様」をモチーフに
*権力の虚栄と愚劣
*主人公 太郎の子供らしい感情の回復(鋳型の破壊)
を描いた短編

「 パニック 」ネズミの大群によるパニックをモチーフに
*ネズミの大群が持つ 巨大で 妄信的なエネルギー
*官僚組織(人間の群れ)が持つ 腐敗体質
を描いた短編

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2018年11月08日

Posted by ブクログ

はじめての開高健。全4作共通して主人公が優秀なせいか、読んでて安心感があるというかストーリーの乱高下にモニターが振り回されないで済むので、終始落ち着いて食い入るように読めた。裸の王様を読んでスカッとしたし、逃亡記を読んで鬱屈としたけどつまりは、誰もがそうだと頷くようなあるべき理想を愚直に追い求めることは本来当たり前なのに、それがどういうわけか実社会ではとても困難なものになってしまう、その虚しさと不条理さを開高健は描きたかったのかな邪推。

他のも読んで考えてみよう。

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2018年04月09日

Posted by ブクログ

裸の王様が良かった。
大人の物差しで子供を評価する。子供のころの物差しは捨てたのだからショウガナイ。子供は大人好みの嘘をつこうとする。これを大人はいい子と言う。ショウガナイ、この世は大人で成り立ち造り上げられるのだから。ショウガナイを覚えることを成長と言うんです

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2015年12月05日

Posted by ブクログ

芥川賞受賞に納得。芥川の羅生門みたいに、人間の本質を力強く描写しているけど、読み終わった後、こころが疲れてしまう。

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2014年12月04日

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