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Posted by ブクログ
初めてオランダ書を目にして以来、オランダ語に強い関心を抱いた前野良沢は大通詞の西善三郎が江戸に来ていることを知り、会いに行くが、オランダ語の習得は難しく時間の無駄でしかない、と伝えられる。その後、青木昆陽に師事した良沢だったが、大通詞の吉雄幸左衛門からもオランダ語を理解することが厳しい旨を伝えられて消沈する。江戸でオランダ語を学ぶことに限界を感じた良沢は長崎でオランダ語を学ぶことになり……。
ということで本書は、オランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』の翻訳という一大プロジェクトに共に挑みながらも、性格の違い、考え方の違いが対照的であったために、名声を得ていく杉田玄白と得られるはずだった名声を自ら捨てていく前野良沢の生き方が並行して綴られていき、切々と胸に染み入ってきます。出来上がったものに納得することはなく、さらに黙々とただ言葉にのみ向かい合っていく前野良沢の生き方に憧れつつも、なかなかこうはなれないよなぁ、などとも思ってしまいます。弟子を取ろうとしなかった前野良沢の心を若干解かしていく大槻玄沢や派手な生き方を好み牢屋で死を迎えた平賀源内など脇を固める登場人物も印象的でした。
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江戸時代後期、蘭学隆盛の端緒となった解体新書の翻訳・刊行の中心人物であった前野良沢、杉田玄白の話。技術英語の翻訳に関わることもある仕事柄、読む前から強く興味を惹かれるテーマだったが、未知の蘭語の翻訳の困難に関わる話は、解体新書の刊行に至る物語の中盤よりも前で触れられている。ここをより深く掘り下げて欲しかった気持ちがあることは否めない。しかし、辞書という概念すらほとんど知られていない時代にわずかな手掛かりから原書の記述の意味を探り出そうとする苦労は十分に伝わってきた。
物語後半は、他者に抜きんでた専門性を持ちつつも学究肌で柔軟性に欠ける良沢と、専門知識には劣るが社会性に秀でて解体新書の刊行をきっかけに活躍する玄白の境遇の対比に重点が置かれている。前者は頑迷ともいえる研究者であり、後者はビジネスセンスのある企業家というところか。学問の探求とビジネスの間のバランスの取り方の難しさは現代にも通じるところが大いにあって面白い。著者はどちらかというと良沢に肩入れした描き方をしているが、むしろ現代の研究者がビジネス面のバランス感覚を持つことの意義を知るためにも、本書に書かれた良沢、玄白の生き方の対照性は参考になるのではないかと思う。
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オランダ語で書かれた『ターヘル・アナトミア』を翻訳した前野良沢・杉田玄白、彼らの作業過程とその後の人生を詳細に描き出した作品。
教科書などでは、この二人がほぼ同列の訳者として記載されているけれど、事実は前野良沢が苦心して翻訳したものを、杉田玄白が整理し文献の形に整えたという風に役割分担がなされていた。
学究肌の良沢は訳を終え、『解体新書』として発行する話を、それはまだ不完全であるからとして喜ばなかった。そのため、『解体新書』の訳者として自分の名を載せるのを禁じた。
そのこともあって、世間の評判は玄白にのみ集中し、彼は八十を超えて大往生を迎えるまで栄華の中にあった。一方の良沢は、傑出したオランダ語の知識がありながら、自らが訳出した他の本についても出版して金儲けすることを浅ましいと考え、老齢に至るまで貧しいままであった。
オランダ語を訳せないながら、蘭医として名声を博した玄白と、オランダ語の権威でありながら貧窮の中にあり続けた良沢。二人の生き方は正反対だけれど、自分は良沢の不器用な生き方の方が好ましく感じられた。
Posted by ブクログ
司馬遼太郎のファンで、似た毛色の作家を探し求めている人には吉村昭をお勧めします。そして、いま困難なプロジェクトに四苦八苦している人にこそ、この本をお勧めします。
大河ドラマにするなら絶対この作品の方がよい!高山彦九郎・平賀源内というサブキャラも魅力的に関与していますし、なにしろ杉田玄白と前野良沢の人生と処世観の差が鮮やかに引き出されています。また、長崎・江戸・中津(大分)と取材箇所が各地に分散する点も魅力を感じます。
ちなみに、蘭学事始で著名な「鼻はフルヘッヘンドである」云々のエピソードはこの本の中に出てきていません。その理由もあとがきで吉村昭自身が言及しており、資料に丹念に向き合って小説を書く作家であることをうかがわせ、極めて好印象です。
私は初めてこの作家の著作を読みましたが、別の本も手にしたくなりました。吉村昭は戦時下の昭和日本も司馬遼太郎と違っていくつも取り上げてますしね
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