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Posted by ブクログ
出雲の真実がわかる 出雲大社について、ほとんど知識のないところからの読書だったため、一回で十分理解できたとは言えないが、少なくとも非常にわかりやすく、説得力のある記載がなされている。大国主命が多くの名前を持っていることについても、いつもバラバラに色んな所、名前で出てくるのでその異同すら認識できていなかったが、かなり整理して考えることができるようになった。やはり大陸からの文化は日本海を経由して入ってきたこと、北九州からの航路は瀬戸内海より日本海が海流の影響で有利な事、弥生時代に特徴的な古墳が日本海側に広く分布していたこと、邪馬台国が不自然に記紀から省かれている事、等々… 私には事の真贋を判断することはできないが、すべて辻褄が合っているように思えた。これからの学びの基本になる書籍と出会えた気がする。
Posted by ブクログ
村井康彦先生、まだまだ元気だなあ~。(^o^)著者紹介もみるともういいお歳(失礼!)にもかかわらず、アクティブにフィールド踏査を重ね、また、さまざまな学問の垣根を越えてダイナミックな仮説を提示されるなど、心身ともに誠にお若い!
氏の専門である歴史学のみならず、考古学や文化人類学等の近隣領域を融合し、神話の世界から古代出雲と大和の関係の実像に迫る力作で、記紀に描かれた「大和朝廷」成り立ちの物語、出雲の大国主命の活躍から天照大神の子孫への国譲り、そして神武東征から大和王権の確立に至る神話について、大胆に読み解く。
鉄生産から勢力を拡大した出雲族の各地への展開は、大和へ至る磐座(いわくら)信仰の拡大、そして高志(越の国)にまでみられるヒトデ!(四隅突出墓)の存在により証明される。大国主命をはじめとする出雲系の神々を奈良の三輪山をはじめ、祭る理由は、かつてそこが出雲王国の一部であったことを物語るものとし、さらに、邪馬台国も大和で発展した出雲系氏族連合であったとする。それが、九州から侵攻してきた神武軍に敗れ、降伏する形で邪馬台国は終焉したという。また、国譲りの際に約束された大国主命を祭る宮殿が約束通りに建てられないため皇子が唖になったとの神話から、その後の巨大な出雲大社の成立につながるとしている。奈良時代おける出雲国造家が大領(郡司)を兼ねて勢威を高め、大和朝廷を護る立場になった出雲神々を強調する話なども興味深かった。
神話の神々の名前を憶えるのに難儀しましたが(笑)、歴史学としての神話解釈という難問を、氏ならではの流麗で論理が明快な文体にて、各地を巡る紀行を交えながら面白く構成巧みに説明されていて、興味が尽きないまま読み終えることができました。富山にも杉谷四号墳という有名なヒトデがあり、ずっと昔に見に行ったこともありますが、また新たな興味で見学に行きたくなったなあ。(笑)
2013年7月19日追記
「いずも」と「やまと」のお門違いの考察については、「コメント」の方へワープ!(笑)
Posted by ブクログ
歴史学者が、実証主義にとらわれずに描いた古代史。磐座信仰と四隅突出墓から出雲勢力の影響範囲を北九州から信濃までと考え、邪馬壹国も出雲勢力が建てた国とする。日本書紀や魏志倭人伝を先入観なく読めば、基本的な構想は納得できる。邪馬壹国の四官を書紀に書かれた奈良盆地の四隅にあった勢力に比定するなど面白いが個々の証明は難しいだろう。あと何故、日本書紀にわざわざ王家の始祖が南九州から来たという神武東征伝説が採用されているのか、という疑問は解けるが、逆に何故、南九州の一勢力に敗れたのか、それほどの勢力があったのか、狗奴国のことなのか、さまざまな疑問が生まれる。そういった意味でも非常に刺激的。
Posted by ブクログ
なかなか骨のある本を読んだなあという気分。
今年は,5月に伊勢神宮,11月には出雲大社へ行ってきた。もちろん,大和政権の土地への行ったことがある。そんなわけで,少しだけ古事記や日本書紀に載っている日本神話にも興味がある。今のうちに読まないと,また積ん読になる。きっかけの論理で読んだのであった。本書は,10年ほど前,現役時代にお寺の坊守さんから「この本,○○さんなら面白いと思うよ」ともらったのだった。
神話だからといって馬鹿にしてはならない。いくら神話といえども,土地の名前や時代背景など,すべて創作で書けるわけではない。そこで筆者は,歴史的事実ではない部分が多々あるのは十分承知の上で,古事記や日本書紀,出雲風土記なとがまとめられた当時の歴史的事実と照らし合わせながら,出雲と大和政権との関係に迫っていくのである。謎解きのようで,けっこう面白く読めたのがよかった。
最後の部分には,能登の一之宮である気多大社も出てくる。ここの祭神が出雲関係であったことは初めて知った。神社観光をしても,いちいち祭神なんて覚えていないからな。気多大社には、時々行くので,今度行ったら見てみよう。
出雲の神々が磐座信仰から来ているらしいというのは面白い!
それにしても…である。同じ神様でありながら,亦の名(別名)が多すぎる。なんとかならんかな。古事記・日本書紀に出てくる同じ神さんの名前を挙げてみるか。
大国主命・大穴牟遅神・葦原色許男命・葦原醜男・宇都志国玉神・大国主神・顕国玉神・大物主神・国作大己貴命・八千矛神・大国玉神
これ,全部同じ神様・大黒さんなんだって。おいおい!
Posted by ブクログ
村井康彦 出雲と大和
古代出雲論。邪馬台国畿内説と神武東征を通して、出雲王朝から大和王朝への変遷を論じた本
著者のことは知らないが、かなり面白かった
出雲王朝から大和王朝への変遷
*邪馬台国=大和にいる出雲系氏族の連合王朝
*神武東征により、神武勢力が大和に侵攻し、神武が大和朝廷が成立
「伊勢神宮=天照大神=大和=天皇勢力=記紀」と「出雲大社=大国主神=出雲氏族=出雲国風土記」の対照的な関係は興味深く、出雲視点で見る「国譲り」は記紀と微妙に異なる面白さ。饒速日命の帰順を国譲りとし、葦原中国(地上世界)は 天孫に譲るが 出雲国は守ることを主題としている
大国主神(大国様)に異称が六つあることは知らなかった
*大国主神〜大きな国の主。葦原中国の主。大己貴神によって形成された国土の主。
*大物主神〜大和の三輪山に祭られた大神神社の祭神。万物の主、森羅万象を司る神。大国主神が自然神的存在に変身した姿
*大己貴神〜国作り、天下作り、葦原中国を形成した神
出雲国造が朝廷に奏上した神賀詞のなかで貢置を申し出た「皇孫の命の近き守神」
*大国主神の口を通して語られる四つの神を「皇孫の命の近き守神」として貢置した
*大和の神々として、出雲系の神々を選定し貢置した=守神の押し売り
Posted by ブクログ
卑弥呼は天皇家とは無縁 村井康彦著『出雲と大和 古代国家の原像をたずねてー』.
本書を理解するためには、「あとがき」から読みはじめると、よい.本書の意図が提示されている.
1)大和の三輪山は山体自体が、出雲系の大国主神でること.
2)8世紀はじめの国造が「賀詞」を通じて、<貢置>を申し出ている.
それは大和朝廷が成立する以前から、出雲系の神が大和に存在して(大和の)<守り神>となっていた.
3)卑弥呼は大和朝廷とは無縁の存在であり、大王=皇統譜の系譜に載せられるべき人物ではなかった.
文献史学者は悩む.記紀に語られる「神話伝承の世界とは何であろうぁ」、と(「はじめに」 Xp).
そのうえで、「古今東西これを=神話をもたない民族も地域もない.だとすれば神話伝承をさけて通る古代史というものはありえないだろう」と、考える.
記紀を緻密に読み解く.そこで見えてきたこと.
大和のさきに、出雲、吉備、丹後の神々の国がさきにあり、そこに神武東征後、大和の覇権が後世に記録されたと、読む.
神話を、「枝葉末節が剥ぎおとされて、根幹部分が残ったものとみることができる」と、読み解いた.
「作業仮説」.そうした論があるかも知れない.ただ、文献史学者で著明な著者が、ライフワークの国分寺調査で積み上げた聞き取りに、考古学上の知見、神話の新しい機能を確認したうえでの立論には、尊重すべき点も豊富に、書き込まれている.
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