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Posted by ブクログ
おかざき先生の、こういうのが読みたかったのだなあ。
読むまではわからなかったけど。
絵的な表現がとても好きだ、と思いながら「&」が読めなかったのは、人の情念のような暗い感情の描かれるレベルが高すぎて、恋愛もので見るのはもう辛かったのだなあ。
と、これを読んだ後なら思える。
「あの人も、救われなくてはならないよ。」
今作は人間の業と戦うひとたちの話でもあるわけだから、全開で描かれても爽快に読んでいけそう。
野生の空海が素敵だけど、泣き虫最澄も可愛いなー。
怨念の文字を吐き出す悪霊のくだり、鬼気迫るものとユーモアが絶妙に同居している。
こんな表現方法があるのかー。すごいなー。
Posted by ブクログ
最澄と空海の事なんぞ、中学で習って以来考えたんじゃないか、って感じだけど、おかざき真里さんの『阿・吽』面白い!!!!!最澄のトラウマ、空海の渇望、共に生き生きと描かれている。
後の最澄一番弟子の泰範の闇が深く昏く、なのに軽い。泰範の立ち位置と言うか、背景が什造?『摩利と新吾』の篝?タイプと言うか、上手く言い得てないが、暴力を誘発する見た目なのに、それを退ける為に使うのも見た目に付随する笑顔と言う、何とも言えん昏さがいい!!最澄の弟子になった後の彼がどうなるのか見たい…そう言う気持ちにさせる人物(外見が女の子みたいに可愛い為に父親に姉の着物着せられて売られてしまう、その先に待っていたのは恐らく「暴力の的になる」と言う役目だったと思われるが、そこからどうやって僧侶になったのかを知りたい…)。
乱丈さんの『ペット』読んだ時の衝撃に似ている!!
その漫画にハマる瞬間ってあるかないかだと思うんだ…読み始めは無論初見な訳だから作品に対する期待と不安がないまぜになった気持ちで、そこにひと波が押し寄せて、でもまだ解らない、って時に最初の波が大波になって覆い被さって来る瞬間。おかざき真里さん『阿・吽』1巻目は羽取の袂を嗅ぐこのコマだった。幼少期、広野(後の最澄)は泣くと母親の袂の匂いを嗅いで落ち着く子供、と言う描写があって、これが史実に基づく描写なのかな、どうなのかな、とか思ってる内に、大きくなった広野がまだ「人の袂を嗅ぐ」と言う幼児行動を行っている…で、史実とかどうでもよくなる。人物設定として引き寄せられる。最澄の繊細さに震えるんだよなー。そして、空海は天性の知識への渇望が物凄くて、それを湛える身が「美少年」として描かれているから溜まったもんじゃない、と言う面白さ。お気に入りの毛布がないと寝られない、と言う子供時代を過ごした人には心臓射貫かれる一コマ。ライナスの毛布ってやつ。
‟正しい力”を持つことは‟正しい”…
「正しさ」が人を救わないのだとしたら—————?
最澄が心の中で自問し、ぞっとするこの場面。
亜門も同じ考えに至ったのではないか、カネキくんが初めて自分の前に立ち塞がり、止めようとした後に。東京喰種好きな人には特にお勧めしておく。
頭使って読める漫画に捕まって、捕まったが自分はまだ未熟であると言う事に喜びを見出すのが楽しい人には最適だよ。頭使うよー、だけど「犀の角のごとくただひとりゆけ。」の一文読んだ時に、稀代の天才の生き様を見届けたい気持ちと、こういう心境で現在を生きている名もなき人もいると思うと読める!
Posted by ブクログ
仕事も恋愛も頑張るキャリアウーマンをヒロインに据えた漫画『サプリ』がドラマ化された事で一躍知名度が上がった漫画家、というのがおかざき真理さんのよく知られている肩書きだろう。但し、そのイメージで本書を読むと、かなり驚くことは間違いない。表紙を見てわかる通り、画風も少し変わっているし、人死にのシーンも多く登場する。また、連載第一回の一ページ目が、空海の文言『生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く 死に死に死に死んで死の終りに冥し』を、黒地をバックに白抜きの文字で書いたものだ。まず、このような始まりは少女漫画ではありえない。また、宗教家を主人公、仏教をテーマに、というのもなかなかチャレンジングだ。諏訪緑さんの『玄奘西域記』という作品があるが、こちらは青年・玄奘の成長も絡めた話になっていたため、辛うじて少女漫画誌に留まれた。ちなみに、今回の掲載誌は青年誌だ。だから題材も画法も今まで出来なかったことができる、というわけだ。
冒頭は、比叡山延暦寺を焼き打ちする織田信長。時代劇で信長が扱われる時、必ず登場する有名なシーンだ。ただし漫画はここから平安に遡るため、有名人の彼でもワンシーンのみの登場。「大きくなりすぎたのだ…」とつぶやく信長が見つめる先にあるのは延暦寺の炎。その炎が山の上からの光に切り替わり、その光を見つめている先に、「大きくなりすぎた」延暦寺を建てた天台宗の開祖、最澄の幼き姿が見えてくる。映画を見ているような切り返しの連続で主人公の登場に繋げる。幼名を広野という彼は、感受性が強くすぐ涙が出るため、身近な人のたもとの匂いを嗅ぐと安心する。手っ取り早い出世の手段として母親に寺に送られた最澄は、仏教界の腐敗に落胆し、一人で山に籠る。
翻って一方の主人公、幼名を真魚という空海は、自らの足を刺して死ぬのか試したり崖から落ちても一人で帰って来たりとなかなか豪胆だ。夜な夜な野山を駆け、自らを食い破るような知識欲を持てあまし、仏教に辿りつく。既に人を救う教えとして仏教を求める最澄に比べ、仏教の新しい知識を得られる喜びに純粋に浸っている真魚には、まだ深き苦悩は見られない。そして、真魚が座禅を組む最澄を見て「美しい」と感動するシーンで終わる一巻では、求めるものは違うが、二人が衝突するような気配はみじんも感じられない。しかしその萌芽は既に現れており、二人は阿吽の仲には決してなれないのだ。
平安という時代、その時代における仏教、政治との動き、仏教観の違う二人の成長、教義、おかざき真理さんが少女誌という枠の中では全く書いてこなかったジャンルを、これからどう捉え、どう見せてくれるのか、そして読者層はどう動いていくのか、ということもあわせて楽しみである。
おかざき真里の凄さなら他の作品でも知っているけれども。けれども!それでもこれは凄まじい。元の歴史は知らないけどページから圧と迫力で飛ばされて、続きが読みたい。
マンガ文学の高み
歴史の教科書では二行で表される内容が鮮やかに表現されています。最澄と空海。平安京の町、仏教、新しい文化と厳しい環境を受けて二人が成長していく姿にはまりました。
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