「チリの地震」
首都サンチャゴで、何千という人間が落命した1647年のあの大地震のまさにその瞬間、さる犯罪のために告訴された、その名もジェローニモ・ルグェーラという一人の若いスペイン人が、監禁されていた牢獄の柱の下に立っていましも自ら首をくびろうとしていた。(p11)
どよめきの中に投げ込まれたあ
...続きを読むの衝撃からこの方、人々は皆許し合っている、とでもいうかのようなのだ。人々の記憶はもうあの衝撃の瞬間までしか立ち戻れなかった。 (P22)
最初の大揺れの直後、市内は男たちの目の前で分娩する女どもであふれ返ったということであり、修道僧たちがそのなかを手に十字架を持って走り回って、世界の終りがきた、と叫び狂い、衛兵が副王の命により教会を明け渡すよう要求すると、チリの副王はもういない、と応じた事、その副王はあの恐怖の極地の瞬間に略奪行為をやめさせる為に絞首台をたてさせざるを得なかった事、火に包まれた家をようやく抜けて助かった男が、何もしていないのに立ち回りが早すぎるというので家主に捕まって、あまつさえち首をくくられ (P23)
人々の地上の戝がことごとく潰滅し自然が丸ごと滅亡してしまいかねなかったあの恐ろしい瞬間の只中にこそ、人間の精神そのものがあたかも美しい花のように花開いたかのようだった。あたかおあの共通の不幸がそこから逃れ出た人々全てを苦痛はどの人の心の中でもこよなく甘い喜びと混じり合い、エルヴィーレの思うに、ために幸福全体の総計は、それが一つの面から出てくれば、その分もう一つの面から取り除けられる、とは必ずしも申せないほどだったのである。 (P24)
生まれからすればついぞ仏人なんかじゃなくて、スイス人とこちらに判っているお方が、強盗まがいに襲いかかって殺して身ぐるみ剥ぎたくなる程の、どんな悪を私達に働いたというの? (P65)
植民者達に対してここでならした不平が、島のあの人がやってきた地方にも同じ様に通用するのかしら? (P65)
「話をしながら段々に考えを仕上げてゆくこと」
フランス人の言うには「食欲は食べているうちにわいてくる」のだそうだが、この経験命題をパロディ化して「考えは話をしているうちにわいてくる」といっても、事実であることに変わりはない。 (P206)
自分の求めているものとあらかじめ若干の関係のあるなにやら模糊とした観念を私は持っており、(略)これを携えて臆面もなく一歩を踏み出しさえすれば、はじまったからには結末もあるはずという必然性に導かれて、話の進むうちに、(略)情念がその錯綜した観念に完全に明白な刻印を与えてくれる (P207)
モリエールみずからの言うところによれば、モリエールは彼自身の判断を語る術を心得ているこの女中の判断を頼りにしていたという。 (P207)
7月23日、国王が諸身分代表に討議を命じていた国王最後の君主制議会終了の後、諸身分代表がまだ席を去らずにいた議会にとって返して彼らに王命を承ったかと尋ねに来た式部官を、ミラボーはあの「電撃」で片づけたのだ。 (P208)
ミラボーの答えるには、「我々、王のご命令を承りました」-思うにミラボーは、このおとなしやかな発端では締め括りの言葉にした銃剣のことは念頭になかった。「さよう、閣下」とミラボーは繰り返した、「承りましたとも」-御覧のようにミラボーは、自分が何を言いたいのかサッパリ判っていない。ミラボーは続けた、「ここで王名をめかされるいかなる権利がおありかな?我々は国民の代表なのだ」-これこそミラボーの必要とした言葉だったのである。「国民こそが命令を与えるのであり、国民は如何なる命令も受けはしない」ミラボーは、いまや魂が武装蜂起の構えで待機している反抗を表現する言葉を、ようやく見出すのだ。「それゆえ、どうか国王陛下に申し上げて頂きたい、我々に議席を去らせる者があるとすれば、それは銃剣の暴力を措いて他にはございません」 (P209)
相互作用によってそれ自体に内在する電気―度が再強化されるのであるが、それと同様にわが弁論家の勇気は的を壊滅させながら大胆極まりない精神抑揚へと移行していく。 (P209)
この種の話し方こそが真の声高らかな思考である。表象の列と表象の記号の列とがならび会って同時進行してゆき、その両者にも情念が呼応する。 (P212)
ある表象が支離滅裂に表現されたからといって、そこからただちに、当の表象が支離滅裂に思考されもしたという帰結は出てこない。 (P212)
思考から表現への精神の移行という突然の業務交替が、考えたことを口に出すのに必要でもあれば、考えたことを固定するのにもなくてはならない精神の刺激を、再びすっかり解除してしまったのだ。 (P213)
実は、解っていない、のではなくて、それが私たちのある種の解っている状態なのである。むしろ凡庸そのものの精神、昨日暗記したばかりで明日は綺麗さっぱり忘れてしまう人間の方が、こういう場合には打てば響くように回答しかねない (P214)