サンテグジュペリの最後の作品。
出された当初は戦争真只中といふこともあり、民主主義からの返答と呼ばれてゐたやうだが、本人はそうした思想やらイデオロギーやらをもつてものを書いてゐたとは到底思へぬ。
ただひたすらに空を求め、彼にできること、さうせずにはゐられぬことを粛々とこなしてゐたにすぎない。それがば
...続きを読むかげた作戦であらうと、とち狂つた戦争であつたとしても、彼は空を飛び、作戦をこなす。最後まで、空を目指し、そして考へ続けた。
軍人である以上、命令は絶対であり、ただ従ふより他ない。そして、相手を殺すといふことは自分も殺されるといふこと。無条件に死を受けれいることだ。しかし思想とは常に行動だ。考へることそのものが行動だ。彼にとつてそうせずにはゐられないもの、存在に対する慈しみだ。
この世に産み落とされてしまつた以上、誰かと関係せずにはゐられない。生まれ落ちた場所で、たくさんの人間と出会ひ、取り返しのつかない、体験と記憶を積み重ねていく。それが愛となり、犠牲となり、絆となる。存在とはさうしたものの積み重ね、結び目でしかない。その結び目は目に見えず、いとも簡単にほどけて消えてしまふ。しかし確かに存在する。
どんな人間であつても、その絆をもつといふ点では共通する。この名においてより集団として存在することはできない。
彼はさう信じてそして自らそのために死んでいつた。マルローが敗北のわかつてゐた戦争の中で《希望》と呼んでゐたもの、彼はそれはどんな時でも飛ぶことだつた。