読み始めたら想像以上の面白さにどんどんページが進んでしまった。オオカミの生態もさることながら、オオカミの研究者である著者の文章もとても面白く、前書きなどで彼の友人が書いていたことは本当だと思った。
この面白さ、昔なにかで味わったことがあるなと思い至ったのが、『シートン動物記」。一人の人間によって成し
...続きを読む遂げられたとは思えない(協力者からの証言などももちろん含まれるが)とても細かい観察記録でありながら、わからないところが一切なく、かつ物語のように楽しめる。
”事実は小説よりも奇なり”とは言うが、この物語から言えるのは”動物は人間より奇なり”だ。もうほとんどヒューマンドラマを見ているのと同じような感覚だった。こんなに面白いのはきっと、オオカミ達の関係性に人間と共通するような複雑さがあるだけでなく、そこに野生動物の切実な生き様も加わっているからだろう。私たちは真剣に生きるこの生き物にずっと惹かれ続けているのだ。
友情・家族・恋模様、敵対勢力との戦いから家庭内暴力まで。母オオカミが実の娘にいじめられる苦しい場面もあり、かと思えば血のつながらない父子の間に生まれる絆もあった。年若いリーダーカップルの無邪気なじゃれあいも。そして、原題にもあるこの物語の主人公、小柄だが優しく強い父オオカミのナンバー8、そして彼に育てられたナンバー21が世界で一番有名なオオカミになっていく。
安心できる環境の中で過ごす人間の、想像をはるかに越える野生の世界の厳しさ。しかしそうでありながら、家族を労り、疲れているときでも子どもと遊ぶ時間を楽しむ。その日一日家族が生き抜くための食糧を狩りにいく。しかも何頭分もだ。家族というものを維持するために、こんなに努力する動物がいる。そしてそれらの物語は、こうして記録に残されない限り、ひっそりと森の中で続いているのだ。
8の死後、その脳が解剖され、生前8が多くの負傷を抱えながら狩りを続けていたことがわかった。著者はその様子をモハメド・アリに例えた。しかし8はスポーツ選手ではない。身体が壊れたら引退を宣言できるわけではなく、生涯現役で家族のために戦い続け、その最中に死んでいく真の戦士だった。
そして最後の8と21の戦い。
不敗の戦士に成長した21が尊敬する義父とどんな戦いを繰り広げたのか。実際に読んで味わって欲しい。