死体が高層ビル屋上に遺棄された殺人事件とドローンを発展させた空飛ぶクルマの研究開発を描いたミステリ小説。新技術に対する公務員の抵抗勢力ぶりが描かれる。
国土交通省の担当者は「飛ばなければ事故は起こらない」「新たな乗り物やシステムは認めない」という方針である(36頁)。「どのようにすれば問題を回避、
...続きを読む安全に飛ばせられるか」との姿勢が欠けている。
保身第一の無能公務員が登場して、うんざりさせられる。「同じ組織の者の顔はつぶさず、自らは判断せず、具体的な指示をするわけもなく」と描写される(66頁)。加えて無能公務員は性格が悪い。
「労力を割いて書類を整え、役所まで何度も足を運び、頭を下げて懇願する民間人に対し、それを否定して見せることで官側の権威を振りかざし、相手が困窮する様を楽しんでいるだけのように見える。立場が下の者を弄ぶ冷酷なサディスト、あるいは弱者へのイジメのようだ」(159頁)
但し、行政が慎重過ぎて業者泣かせという構図は一面に過ぎない。企業と市民が対立する場面では容易に企業に傾く。住環境を破壊するマンション建設などは市民が問題を指摘しても、安直に開発業者の主張に沿ったものになりがちである。本書でも描かれているように事業者側は行政の担当者を私的な飲み会に誘うことで癒着している。市民の側からすれば事業者ベッタリとなる。現実に東京外環道工事では調布市の職員が情報公開請求した住民の個人情報を事業者に送る不祥事が起きた。
本書は殺人事件の捜査と空飛ぶクルマの研究開発が交互に叙述される。中盤で関係者の独白がある。ここから犯人探しを楽しむ類の推理小説ではないと感じたが、それもミスリーディングさせるものであった。殺人事件の捜査では人権侵害となる強引なやり方がなされるが、大して問題視されない。日本の警察の人権感覚の欠如を描いている。
殺人の動機は一定以上の共感が可能なものである。往々にして推理小説で殺される人物は殺されて当然なことをしている。本書の優れた点は殺人を観念的な道徳倫理から批判せず、行政訴訟という具体的な解決策を提示していることである。この行政訴訟は住民側にとっても対抗手段になる。