泣けた。静かに泣けた。夜の切なさに包まれたかのようだ。やはりウールリッチはすごい。
『喪服のランデヴー』に代表される連作短編集のように物語を紡ぎだすウールリッチのスタイルは健在。今回は夫の冤罪を晴らすべく浮気相手の4人の男と妻アルバータの物語として描かれる。
1人目はミアに魂を抜かれた元夫で人生の
...続きを読むどん底の貧民街で暮らす男の話。
次はミアを麻薬の運び屋に使っていた違法医師の話でスリラータッチのこの話がもっともぞくぞくした。
3人目の男は資産家の遊び人だがとても魅力的な男との話。
そして最後の男はナイトクラブを経営する裏稼業に足を突っ込んだ男の話。
最初の2人目まではおろおろしながらも勇気を振り絞って犯人かどうかを探る初々しさと危うさが出ていたアルバータだが、3人目からは百戦練磨の女詐欺師の如く、恋は売っても愛は売らず、冷えた頭で犯人かどうかを洞察する女性に成長しているのが面白い。そして一人称で語られるがゆえにその人と成りが実は男を狂わすほどの美貌を持っている事を徐々に悟らせる事となる。
アルバータという主人公の魅力はこの美貌を備えているのにも関わらず、天使の如く純粋な心を捨てきれないところにある。浮気をした夫を刑務所から出すために犯罪まで犯す彼女の不器用なまでの純粋さは、夫の愛を超えた女の意地というものも感じられ、興味深い。
特に白眉なのは3人目の男、ラッド・メイソンの章である。
この男は心底アルバータを愛し、またアルバータも心を許した存在となる。しかし彼女は彼が犯人でない事を知ると去っていくのだ。犯人でない事を願いつつ、それが証明されると去らなければならないジレンマ。
お互いが魂で通じ合っているのに女だけが始まった時から別れがあるのを知っているという事実は胸を苦しませる。
しかし自分が窮地に陥ったときに助けを求めたのが彼だったことから、深く愛していた事を知る。そして衝撃の事実と結末。
切ない。切なすぎる。
メイソンの喪失感は特にふられた事のある者―特に男(もちろん私もそう)―なら痛切に判るだけに胸に鉛のように沈み込んでいく。
そして今回は今まで以上に特に名文が多かったと感じた。ところどころではっとさせられた。
そんな数ある名文の中から最も印象が残ったのはこの文章。
「(前略)ただ上を見るだけ―」(中略)憶い出が行く場所は下ではなく、上なのだ。
私はこの文章にこう続けたい。
だから私は上を向く。でないと涙がこぼれてしまうのだ。
誰もがロマンティストになる小説だと思った。本当にウールリッチは素晴らしい。