藤田和日郎先生インタビュー

名作『うしおととら』、『からくりサーカス』を世に送り出し、 20年以上の間、週刊連載というハードな環境の中で今なお作品を描き続ける藤田和日郎先生の情熱と素顔に、漫画家 田中圭一が対談形式のインタビューで迫る!

『からくりサーカス』時代の泣き笑い?

田中:藤田先生の作品の魅力の一つとして"絵柄の情念が凄い"というのがあります。『からくりサーカス』では登場人物たちのセリフがとても魅力的だと思うのですがいかがですか?
自分の周りには主人公たちの言葉に励まされて、元気をもらったという人が沢山いました。

藤田:その当時読んでいてくれた人にそう言われると、本当に描いていて「良かった!」って思えるよね。『からくりサーカス』は9年間連載してたんだけど(全43巻)、描いてる時にそういう言葉が届いていればどれだけ助かったかわからない。

田中:でも、ファンの方からはそうしたメッセージをもらっていたでしょう?

藤田:今ならTwitterとかブログとかで何らかの反応があるじゃないですか?オレは2~3年前からTwitterをやってみたくらいで、それまでは何もやってなかったんですよ。
当時、サンデーを読んでいた人ならその空気がわかるかもしれないけど、『からくりサーカス』は全然人気がなかったんだよね。

田中:当時も結構な人が支持していたと思いますよ。

藤田:多分、当時のオレにはそこをつなぐパイプがなかったんですよね。
わざわざ手紙を書いてくれる人って本当に少なくて、ファンレターが月に2~3通届くくらいで。今でも大事に持っているんだけど、手紙を何回も読み返して力をもらったりして。
漫画家は誰でもそんな経験があると思うんだけど、雑誌の中でそんなに人気があるわけじゃなくて、でも、単行本はある程度売れているから連載は続いている。そういう状態が続いているのはキツかったですね~。
オレとしては、それでも面白い漫画を描かなきゃいけないから、全然反応がない中で歯を食いしばりながら描き続けるしかなかった(笑)。

田中:例えば、主人公の勝(まさる)は鳴海(なるみ)との出会いや言葉によって、泣くことをやめて、どんな時も笑っていようと心に誓いますよね。そんなセリフの中に込められたメッセージに励まされた読者も多いと思います。

藤田:いや、本当にありがとうございます。
あの頃は本当に内面に向いていたんですよ。担当編集者と打ち合わせが終わって、家に帰ってから鏡を見つめて「お前、がんばれって!」って言い続けながら描いていたので。
『からくりサーカス』のセリフは全部自分との対話から生まれたような気がするんですよ(笑)。

藤田:オレは「私のようになりたまえ」って説教している漫画ってあまり好きではないんですよね。
それよりも、自分の中の「あんな風になりたい!」っていう憧れを読者に伝えたいって気持ちが強くて、だから「鳴海(なるみ)のような男になりたいんだよな」とか、「あんな風に生きたいんだよな」とか、それを伝えるために描いているのが漫画家としてちょうど良いスタンスじゃないかと思ってるんですよ。
だから、「お前の言う通りアレはカッコ良いよね」って読者から言ってもらったら、それが凄く嬉しいんだよね!

田中:勝(まさる)もいつも必死に何かに立ち向かっていますね。それでも勝(まさる)は笑顔であり続けようと、優しくあり続けようとしますよね。

藤田:そうじゃないと"いいやつ"じゃないですよね。オレね、本当に"いいやつ"を描きたいんですよ。
少年漫画って子供が一番最初に読むじゃないですか?それが嬉しくて仕方がないんですよ。
つまり、田中さんの作品的にいうと、オレは子供たちの漫画に対する心の初体験を奪い続けてるんですよ(笑)。
だって、初めての経験って忘れられないですよね。それってこれからどんなことを覚えていこうが、何を経験しようが、一番最初に経験したことは覚えているモンなんですよ。
その初めての経験を奪う少年漫画家がオレであるっていうのが、もう本当に嬉しくて仕方がないんですよ!

子供に「漫画ってこういうモンだぜ」って教える時に、少しでも楽しくないモノが紛れこんじゃうのが嫌なんです。初めて漫画を読んでみたけど「何か気持ち悪くてイヤだった」とかじゃなくて、やっぱりドキドキして読んで、収まるところに収まって、「ちゃんと頑張ってきたヤツにはいいことがあるぜ!」って、「だから笑えるぜ!他人のためにでもやってやるぜ!」って。

『からくりサーカス』で楽しかったり、嬉しかったり、いいやつだったりっていうのを一番描きたくて。
それがオレの"漫画を描きたい"っていうモチベーションなんですよね。
だから、ちょっとヒネッた漫画はきっとこれから先に出会うと思うし、子供たちがこれから先に進んで行けば否が応でも入ってくるワケじゃないですか?

「もっと新しいジャンルを、もっと別の年齢層に向けた作品を描かないのか?」って言われても全然心がそれを欲さないっていうんですかね。「だってオレ少年漫画家だもん」って(笑)。
「少年漫画家がなんでもっと複雑な人間関係や難しいこと、悲しいことを描かなきゃいけないの?」って。
「オレは子供たちの一番最初の心を奪うためにここにいるのに」って(笑)。
編集の人にはいつも言っているんだけど、オレがもう描けないって思ったら、引導はそっちから渡してねって。それまでオレは少年漫画家でいたいからねって。

田中:『からくりサーカス』では、たくさんの"からくり人形"が活躍しますが、からくり人形を出そうと思ったきっかけはどこにあったのですか?

藤田:もともと"からくり人形"は好きで、まだ『うしおととら』を描いていた時に読み切りを描いてみたんですよ。糸で操る等身大の人形の感じが自分の中で具合が良くて。
弱い女性が人形を使うことによって強い敵とようやく対等に戦えるっていう展開が出せるのが良かったんだよね。強いヤツはそのまま自分の拳で戦って欲しいし、悪いヤツは悪いヤツで痛い目にあって欲しい。
だからカッコ良い男と、綺麗な女性を出すのに"からくり人形"って仕掛けがとても良かったし、小さい子供が最後に強くて悪いヤツを倒すのにも良かったんだよね。
人形っていうモノを足すことによって、いろんなデザインの異形を出せたのも良かったですね。

田中:『からくりサーカス』は、同じ時代の中で舞台を切り替えながら話が進んだり、時代が過去に遡ったり、現代に戻ったりして、どこにつながって行くんだろう?という感じがありますよね。
でも最後には全ての話がつながって"そうなんだ"って。あれは最初から全部計算して描いていたんですか?

藤田:それってオレの弱点でもある(笑)。
自分の漫画は行き先が見えないジェットコースターみたいな感じで、コレに乗ったらココに無事に帰ってこられるんだろうか?って不安感を読者に与えちゃうから、読者をポロポロと落としながら連載が進むんですよね。

『うしおととら』は、妖怪をやっつける漫画なんだって理解してもらえるんですけど、『からくりサーカス』の場合、『からくりサーカス』ってなんの話なの?っていうのがあって、どうすればみんながハッピーエンドになれるんだろう?っていうのが最初の頃は提示できなかったんです。
もう乗客の少なくなったジェットコースターだけど、覚悟を決めて始めたんだから最後までちゃんとした漫画に仕上げようとして描いてたんですよ。そんな時こそ"気迫"が大切になる(笑)。
長く続く連載の作品に対して聞かれる「コレ、後付けだよね~」って言葉に対してワタシは言いたい!「後付けじゃない漫画があるかっ!」って。

田中:まさにその通り!『からくりサーカス』だったら9年間も続いているワケだから、9年後の自分を予測して描けるワケがないですからね(笑)。

藤田:その時々でテンションが上がっているように見えるのは、その時に裏で"どうしよう?どうしよう?"って気持ちがある時だよね。絶対に終わらせる信念はあっても、どうすれば良いのかわからない状態で面白い漫画を読者に向けて、もの凄く打ち出したいワケですから。
この物語をどうすればまとめられるのか?って、自分の心の中から引っ張り出すテンションってあるのかもしれませんね。物語のテンションを高めるためにはこの状況をどうしたら良いんだろう?って一生懸命答えを探すって大事なんですよね。
ハッピーエンドに向かうにしても、この状態をどうしたら良いんだろうって頭を抱えることが作品のテンションの高さにつながっているんだろうなって思ってるんですよ。


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