法と秩序とケモノの本能『BEASTARS』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー
こんにちは、フリーライターの鷹野凌です。今回は、秋田書店「週刊少年チャンピオン」で連載中の漫画『BEASTARS』をレビューします。「マンガ大賞2018」の大賞受賞作です。著者は板垣巴留(いたがき・ぱる)さん。本稿執筆時点で単行本は7巻まで刊行中。動物たちが服を着て2本足で歩き人の言葉をしゃべる、肉食獣と草食獣が共存している人間のいない世界で、食う側と食われる側の、普通なら成立し難い友情や愛情、微妙な距離感や緊迫感を描いた作品です。
肉食獣が草食獣と仲良く共存する世界!?
本作の主人公は、レゴシ(17)。肉食獣と草食獣の共学校へ通う、ハイイロオオカミの男子生徒です。演劇部に所属していますが、役者や監督などではなく、照明などを担当する美術チームの一員。いわゆる裏方です。
この世界では、肉食獣が草食獣を捕食することは法律で禁じられています。そのことにより秩序が保たれ共存が図られているのです。しかし、肉食獣の本能は完全に抑えられているわけではないようで、草食獣が食われて死ぬ事件がときどき起こります。
本作は、いきなりそういう壮絶な捕食シーンから始まります。レゴシと同じ演劇部に所属するアルパカのテムが、どうやらクラスメイトらしい肉食獣に殺されてしまうのです。犯人はシルエットで登場し、肉食獣であることしかわかりません。
「この学校の肉食獣が怪しい」と警察が言っているらしい、という噂が広まっていく中、疑いの眼を向けられるレゴシ。いかにも怪しいそぶりだけど実は……といったところから物語が始まります。
食いたい本能に逆らうのは難しい?
もう1人(というか1匹)の主人公が、レゴシと同じ演劇部の上級生ルイ。立派な角を持つオスのアカシカです。演技がうまく、草食獣ですが態度は尊大で、良く言えば英雄的。演劇部の役者長と、権力者でもあります。レゴシを陰とするとルイが陽なのですが、本来の立場で言えばレゴシは肉食獣なので捕食する側、ルイは草食獣なので捕食される側、という関係です。
そしてヒロインが、ウサギのハル。平凡な小型のドワーフ種で、いかにもか弱く簡単に捕食されてしまいそうな外見をしています。夜中にこっそり演技指導をするルイに命令され、見張りをしていたレゴシ。なぜか1人で近づいてきたハルを見つけ、あっけなく捕らえます。ところがハルの柔らかい身体の感触といい匂いに、レゴシはそれまで考えたこともなかった「捕食したい」という自分の本能に気づいてしまったのです。
小さな子供向けの絵本やアニメなら、肉食獣と草食獣が仲良く共存している世界も普通にあります。しかし本来ならそれはあり得ないこと。法律で縛られることにより共存関係が成り立っていたとしても、無法者には通用しません。肉体的な強者と弱者は必然的に存在します。そこにはいろんな矛盾が生まれることでしょう。
そんな世界があったら、きっとこんな衝突が生まれるに違いない……ということを見事に描いた作品です。キャラクターの描写も魅力的。動物の顔をベースにしつつ、人間的な「感情」があることを強く感じさせる絵になっています。動物的だけど、人間らしい。そのバランスが絶妙です。
ケモナーさんいらっしゃい
なお、著者の板垣巴留さんは、本作の前に短期集中連載の『BEAST COMPLEX』でデビューしています。肉食獣と草食獣が共存している世界設定は『BEASTARS』と同じ。こちらも、食う側と食われる側の友情や愛情、微妙な距離感や緊迫感を描いた魅力的な作品です。合わせて読んでみてはいかがでしょうか。『BEASTARS』の主人公レゴシがこっそり端役で登場しているので、探してみましょう。