【感想・ネタバレ】時間と自己のレビュー

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Posted by ブクログ

使われている精神医学の用語や内容は、本書が書かれた1982年当時のものであることを前提として読む必要がある。それでもなお、思弁的のみならず、臨床的にも示唆に富む本だと感じた。臨床場面で患者さんと接しているときに、自分自身の時間感覚も同調しているように感じることは多く、一日の臨床のなかで、時間の流れは一定ではない。患者さんのためにも、医療従事者が己を知り守るためにも、ここに書かれているような内容を知っておくことは有益だと思う。

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2024年01月23日

Posted by ブクログ

分裂症やうつ病などの症状を、時間と自身の在り方から捉えてみることができるという考え方をこの本で初めて知った。

本書の中で、"もの"と"こと"は区別され、本質的な"こと"について考えようと思うことで、"もの"となってしまうため、健常な状態では"もの"と"こと"を区別することはできない。ということと、「言葉」の「言(こと)の葉」という成り立ちをみるに、言葉は"こと"の一側面しか表現しえないということころが、特に印象に残っている。

うつ病者は自己同一性と役割同一性の区別が上手く機能していないという記述にはなるほど、、、と思いながら読んだ。

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2022年01月09日

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ネタバレ

非常に面白かったし、こんなに豊かなものを人は書けるのだなということに感動して、充実した読書時間になった。
ペンを持っていることは、ペンなしでそのことを感じることができないというように、「もの」なしで「こと」は成立し得ないということを前提として、精神病者の時間がどのように成り立っているのかを論じている。それは健常者とは別のもののよううに私たちは考えるのだが(もちろん実際そうとも言えるのだが)、精神病者/健常者として最初から区別できるような絶対的な特徴はない。誰にでも時間の変容が起こりうるし、身近にある問題である。その意味で、この本は誰に対しても開かれているものであるし、また時間や自分自身について考える良い機会を与えてくれている。

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2021年08月12日

Posted by ブクログ

時間を見るときは、時間そのものではなく、いつまでに何分たったまでの、時間のあり方を見ている。
すべてのものは何らかのこと的なあり方をしている。
存在者の存在と、あるということそれ自体には根本的な違いがある。
自己の自己性とは、自己自身による自己認知なのである。
主語的自己と、述語的な私。

鬱→メランコリー型→真面目な人に多い。
→インクルデンツ(秩序の中に自分を閉じ込める)、レマネンツ(負い目を負う)
→所有の喪失
役割同一制

癲癇→アウラ体験:主観的で絶頂的な発作。現在が永遠に思える。
→現在が永続的かつ、それだけで満たされている状態。

アフリカ→時間の感覚:ササとザマ二のみ
ササ→生きられる現在
ザマ二→恒久的で全てを飲み込む過去

現状を維持するために未来を見るか、現場から逃げるために未来を見るか
時間が時間として流れている感覚と自分が自分として存在していると言う感じは同じ

現在の一瞬は人間が永遠の死と真正面に向き合って存在の充満を生きる輝かしい瞬間
人間に関するいかなる施策は死を真正面から見つめたものでなければいけない

私たちは時間を色付けて生きている。

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2021年02月12日

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最高の出来。まさに天才的。時間論をここまで縦断的に、かつ切れ味よく語れたものとは思わなかった。あまり知られていない名著の一つ。

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2013年11月13日

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自己とは時間であり、時間とは自己である。私がいまいるということ。
未来への希求と恐れによる統合失調症、既成過去の役割期待に縛られた鬱病、そして癲癇と躁病の祝祭的な現在。
こんなふうに乱暴にまとめてしまうことからさて勉強の始まりである。

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2012年09月24日

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「もの」としての時間と、「こと」としての時間。

われわれは「もの」として意識することでしか、すなわち「もの」化することでしか、「こと」を意識できないのであって、それは時間についても同じである。
カレンダーや時計などの計量される時間が、まさにその代表。

しかし、「もの」としてしか意識できないとしても、「こと」としてある「いま」。
この「いま」について、木村敏は次のようにいっている。

「いまは、未来と過去、いまからといままでとをそれ自身から分泌するような、未来と過去とのあいだなのである」(傍点略)

われわれが未来あるいは過去についてなにかしらを語るとき、われわれはあたかも未来または過去なるものが、あらかじめ未来や過去を起点として存在しているかのような、いわば「分断点」としてそれを意識しがちである。
しかし、そのような過去/未来がまずあって、その「あいだ」に「いま」がはさみ込まれているのではない。
「あいだとしてのいまが、未来と過去を創り出すのである。」

このような「あいだ」という「こと」的な感覚。
平常われわれはこの感覚とともに、未来と過去、いままでとこれからの「あいだ」にある「いま」を、「…から…へ」という移行性のなかで生きている。

ところが、この「こと」としての時間感覚が失われる場合がある。
本書では、そうしたなにかしらの均衡が失われた時間感覚について、精神病と関連づけながら論じられている。

時間感覚から精神病についてみていくことが大変興味深く、その病気について理解が深まるとともに、「自己」と「時間」のつながりが、あるいは「自己」である「時間」、「時間」であるところの「自己」を考えさせられる。

新書のわかりやすさ、手に取りやすさを有しつつも、よくある多くの新書よりもはるかにタメになり、かつ興味深い一冊!

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2012年04月02日

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ネタバレ

もの と こと の関係において、時間を考えることができる。
もの は、時間を考えなければ、そのまま同じ状態である。
こと が起きると、時間とともに変化していく。

自己についても、こと と 時間の関係で描写できるだろう。

ps.
野口 悠紀雄著 「続「超」整理法・時間編―タイム・マネジメントの新技法 」 の参考文献に本書が掲載されている。

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2011年09月27日

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鬱病者と分裂病者の時間感覚について論じたもの。とてもわかりやすく読みやすい。「鬱病者にとって、自己を規定しているのは役割演技」であるという旨の記述はとても納得できる。

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2011年02月22日

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こんなにワクワクする本、今まで読んだ事がありませんでした。
この「時間と自己」から読書にハマりました。
また近いうちに読みます。

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2010年02月15日

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 時間という現象と、私が私自身であるということは、厳密に一致する。自己や時間を「もの」ではなく「こと」として捉え、西洋的独我論を一気に超えた著者は、時間と個我の同時的誕生を跡付け、更に精神病理学的思索を通じて、普通は健全な均衡のもとに蔽われている時間の根源的諸様態を、狂気の中に見て取る。前夜祭的時間、あとの祭的時間、そして永遠の今に生きる祝祭的時間――「生の源泉としての大いなる死」がここに現前する。

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2012年02月16日

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「永遠のドストエフスキー」(中公新書)を読んで、精神疾患に時間感覚が関係することが分かった。積読本を整理中にパラ見をしたら、関連部分があるので読むことにした。
「今」との関係が、精神疾患の現れ方を決める。時間と精神疾患について「こと」と「もの」を着眼点に展開される。
「私」ということは、私にとって取扱注意(不自由)かと思った。

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2024年05月03日

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冒頭の我々の周りの「もの」と「こと」の解釈から引き込まれた。
そこから精神病への展開は難解で、一回読んだだけでは理解が追いつかないが、とても興味深い。
そして最後のまた映画のマトリックス的な自身の他者性についても、共感できるところも。

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2023年06月23日

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あとがきにある「人生をひとつの夢として夢見ているような、もうひとつ高次の現実が私たちのすぐ傍らに存在しているらしいということだけは、真理に対して謙虚であるためにも、是非とも知っておかなくてはならないように思う」という言葉、なぜか『鋼の錬金術師』を思い出させる。
また、「夜、異郷、祭、狂気、そういった非日常のときどきに、私たちはこの『だれか』をいつも以上に身近に感じとっているはずである。(…)「時と時とのあいだ」のすきま(…)に見えてくる一つの顔(…)の持主が夢を見はじめたときに、私はこの世に生まれてき(…)、その「だれか」が夢から醒めるとき、私の人生はどこかへ消え失せているのだろう。この夢の主は、死という名をもっているのではないか。」という文章、小さい時から居間に一人で横になっているときに感じた感覚とも似ていて、サブイボが立つのを感じた。

時間ってなんだろうという興味から以前に岩波の緑表紙の『時間』という本を手に取って読んでみたが、哲学書すぎて意味がわからず手放した。その経験から一応中身はさっとでも読んでから買おうと思い、さっと読んで買ったつもりだったが、思っていた内容とは違っていた。笑 違っていたが、これはこれで面白かった。

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2022年03月13日

Posted by ブクログ

 精神病患者の精神世界から、人間の時間と自己に対する認識について書かれた本。過去・現在・未来の捉え方、時間概念は全ての人、時代、世界に等しいものではない。

 やや難しく感じたので、また読み直したいと思う。

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2022年02月05日

Posted by ブクログ

 症例を祭りのまえ、あとという時間軸でとらえたところが学びどころ。
 祭りの前、こういうことがあったらどうしよう、不幸になるのではないかという不安。
 祭りの後、なにかとりかえしのつかないことをしてしまった、もう不幸なのではという不安。
 病名にこだわらず、内容をつかむと、意外にみんなもっている不安だとも言える。
 私の考えだと、祭りの前は、可能態の不安、祭りの後は、欠如態の不安。どちらも自己や現実をそのままに(現実態)とらえていない。現実態としてものごとをとらえる(→研究方法)のは難しい。

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2020年04月12日

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哲学からの引用及び哲学的解釈も含まれるのである程度集中して噛み砕きながら読むことをお勧めします。この本で言われている時間とは物理学的な時間のことではなく、人間の認知における時間概念のことであり、人間にとって時間とは何か、時間を認識しているとはどう言う状態なのか等を離人症・分裂症・鬱病・癲癇患者等の時間感覚を比較・分析しながら考えて行くという興味深い内容。

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2016年06月25日

Posted by ブクログ

上から見下ろした知識がいっぱい詰まっている
その割に面白く読み始められたのは
知識をつなぎ合わせているところに少しだけスリルがあるからだろう
しかしそのスリルもじきに飽きてくる
なぜなら継ぎ接ぎだらけで、全体を包んでいるしなやかな心がないからだろう
「もの」と「こと」を語りながら、話は掻き集めた知識ばかりの「もの」的でしかなく、底が浅い。
下野に降りて語れる勇気と力さえ持っていれば
くたびれずに読めるだろうにと、残念に思う

ともあれ西洋的学問から抜け出せていない古臭さがある
にもかかわらずどことなく一歩踏み出しているような
おもしろさも感じられた

あとがきに至ってこれを最初に読んでいれば
本文を随分と素直に読めただろうと思った
内容としては丸ごと同感であったからこそ
随所で面白さに惹かれていたのだとわかった
わずかなズレが魅力となるかと思えば違和感ともなることを
証明してくれたような本であった

論文というものの固さによる危うさかもしれない
だとしたら読み手がその分しなやかであらねば調和できない
硬さと柔らかさで脈打つことが現象の条件だともいえる
脈打ち損なえばそれまでのことで
リラックスして混沌という羊水に体を委ねて反芻してみよう

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2012年03月08日

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ネタバレ

[ 内容 ]
時間という現象と、私が私自身であるということとは、厳密に一致する。
自己や時間を「もの」ではなく「こと」として捉え、西洋的独我論を一気に超えた著者は、時間と個我の同時的誕生を跡づけ、さらに精神病理学的思索を通じて、ふつうは健全な均衡のもとに蔽われている時間の根源的諸様態を、狂気の中に見てとる。
前夜祭的時間、あとの祭的時間、そして永遠の今に生きる祝祭的時間――「生の源泉としての大いなる死」がここに現前する。

[ 目次 ]
第一部 こととしての時間(1 ものへの問いからことへの問いへ 2 あいだとしての時間)
第二部 時間と精神病理(1 分裂病者の時間 2 鬱病者の時間 3 祝祭の精神病理)
第三部 時間と自己-結びにかえて
あとがき

[ POP ]


[ おすすめ度 ]

☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

[ 関連図書 ]


[ 参考となる書評 ]

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2011年03月29日

Posted by ブクログ

木村敏さんの思想に、私としては目新しいことはほとんどなかったが、新書ということもあり、いつもより平易な語り口で、木村敏入門として、よくまとまった本だと思う。

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2010年05月07日

Posted by ブクログ

精神病理学という、精神医学のなかの、あるいはそれを批判する学問分野で有名な人の本。哲学的な人間学的な観点から精神病を分析する。独特の理論がこの本で軽く説明されている。哲学の入門にもいい本だと思う。ハイデッガーが分かるようになるかも。

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2010年06月11日

Posted by ブクログ

ネタバレ

難しくて半分もわかっていないが。
時と感情の関係とでもいうのか。
それを言語化した本。自分はあまりそういうの読んだことがなかったので新鮮。30年以上も前に書かれたもの。

あとがきに。
私たちが普段確かな現実だと思い込んでいるこの人生を一つの夢として夢見ているような、もうひとつ高次の現実が私たちのすぐ傍らに存在しているらしいということだけは、心理に対して謙虚であるためにも、ぜひとも知っておかなくてはならないように思う。

時間は、物理的にデジタルにはかれるものではない。
多分、同じ事象に対しても、時間の流れや感じ方が違うんだろうな。ふと、何事も怖くないような気持にもなる。

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2018年09月13日

Posted by ブクログ

大学の先生がテキストに選んだ本です。初めて、哲学的な視点でものを見ることを教わりました。目には見えない時間を、頭の中でイメージすることは難しい…

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2009年10月04日

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