【感想・ネタバレ】新訳 チェーホフ短篇集のレビュー

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Posted by ブクログ 2016年07月18日

ロシア文学って“誤解を受けやすい”と思う。その思潮や言動が必ずしも日本人が美徳と考えているものと一致せず、この本は特に、他の露人文豪の作品を並べて見ても、日本人からすると不可解なものが多いように思える。
したがって、自分の感性に合う・合わないだけでこの作品群を評価してしまうのは早合点であり、もっと人...続きを読む間本来の真性に照らして“深く”読むべき。

そうなると分量としては少ないこの短編集の作品を読み終えるのは私にとって意外と時間がかかった。有り体に言うと「この作品、何が言いたいの?」と感じて終わる作品もいくつかあり、1つ読み終えました、ハイ次、とは中々ならず、熟考のためしばらく本を置くというのも1回や2回ではなかった。
そうなったらどうすればいいだろう?そのためのテキストを翻訳者の沼野さんはちゃんと考えて、各作品には「講義ノート」とでも言うべき解説文を付けてくれている。

沼野さんの解説で特に私が興味を引いたのは「せつない」に付けられた『ロシアの「トスカ」』について。
その前に「せつない」の筋に簡単に触れると-
辻ぞり(冬のロシアのいわば“タクシー”)の老御者イオーナは客待ち中に雪が体に積もるのも気にしない。そしてごくたまに来る客を乗せても、心ここにあらずといった様子。しかしイオーナはふと客の方を振り返り、唇を動かして何か言おうとしてるのか?そうとも見える。しかし言葉は出て来ない。そんなこんなで誰かに何かを話そうとするがいっこうに成就しない。それは聞いてもらえないというのもあるが、それよりも、イオーナは話したいのだけど、話すための何かが揃わないと話が喉でつかえてしまい、そのまま飲み込んでしまう、そんな感じ。実は彼は息子を不慮の病気で失ってしまっていた…(これはほんの導入部なので筋の全開はしてません。安心してください。)

沼野さんはトスカについて、ロシア語以外の言語への翻訳が困難な独自の語彙を持つと書いている。そして詩人リルケが、自分の中にある最も言い表したい感情がロシア語で言うトスカであり、母語のドイツ語ではその感情のあやが言い表せないと煩悶する様が詳細に引用されている。
つまりトスカとは「ペーソス」ではなく、また「心痛」や「憂鬱」も一面しか表していない。
私が「せつない」を読んで、沼野さんの説明も読んで感じた「トスカ」とは、本来の精神状態では真円の状態であるものが、言葉では言い表せない何か“欠けるもの”が(ごく一部でも)存在し、そのために他人からは真円、つまり普通に見える感情が真円たりえないために心の内部の整合性が取れず、精神的バランスを崩してしまうものと解釈してみた。
そうなると、一般的にはイオーナは誰にでも息子の死を話すことで同情をしてもらえることになるのだが、心に欠けたものがあるために、心が同情を本能的に拒絶し、そのため口から言葉が出なくなるということになる。
それは、他人からすると「同情得られたら楽になるよ」というつもりかもしれないが、イオーナからしたらわかってるかのような態度を取ってほしくない、大切なものを安っぽい言葉で汚してほしくないという感情に結び付き、これは日本でも震災での被災者が安直に「ケアしましょう」と言われるのをものすごく不快に思うのと同じ感情で、人間の共通する心理として理解できる。
ただ、日本語ではそういう感情を的確に言う単語がないが、ロシア語だとそれは「トスカ」になるということだと理解した。

そうなると沼野さんは解説で『「せつない」は元々日本では「ふさぎの虫」と翻訳されていて原題のニュアンスがこれでは伝わらない』と書いてはいるが、私の『「トスカ」=心の中が何か理由不明で欠けている』説に立つと、「ふさぎの虫」(=気分がふさぐことを虫のせいであるとしていう語(大辞林))という邦題も言い得て妙、と言える。

以上のようにロシア文学の意義を正確に移すのがいかに難しいか!それを沼野さんは「キモい」「なごみ系のルックス」「ナンパ」という言葉すら翻訳で用いて、チェーホフの生きた息吹そのままをわたしたちの現代感覚で読めるように配慮している。
異論や批判もあるだろうが(私も正直少し違和感はある)、トータルでは私はこれもアリだと思う。この翻訳が合うか合わないかは時代が証明してくれるから、今結論は出さずに数年後に見てみればよい。ダメならば数年後には先人の訳が残りこの訳は淘汰されることになる。

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Posted by ブクログ 2019年11月16日

初めてのチェーホフだったけど、沼野さんの細かな解説がありがたく、とても楽しく読めた。

チェーホフに限らず、ロシア文学には小さく、弱く、愚かな人によりそう優しさがあり、そのへんが好きな理由かなと思った。

ドストエフスキーとかと比べると登場人物がとても素直で、本心を語っている感じがよくわかる。(ドス...続きを読むト氏の登場人物は喋ってる内容が本心なのか嘘なのか判別しづらいと思う)

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Posted by ブクログ 2014年09月10日

チェーホフがこんなにおもしろい短篇を書く人だなんて知らなかった。どの作品も不条理だったり残酷だったり皮肉っぽかったりと不思議な味わいがある。各篇の後に訳者による詳しい解説が載っていて、物語の背景や従来の訳との違いについて詳しく説明されているのもいい。

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Posted by ブクログ 2013年12月07日

大学のゼミでこの本からとった「いたずら」の一編を読んだ時からすごく気になっていた。そして思ったとおりはまった。
訳者による気合いのはいった解説(もはや「ロシア文学講義」である)が短編ごとに挿入されるのは、ちょっと野暮ったくはある。けどそのおかげで童話「おおきなかぶ」の謎の「一本足」くん(とても笑える...続きを読む)にも出会えたし、リルケの「トスカ」という言葉をめぐる切実な手紙も素敵だし、なによりチェーホフの逸話はどれも面白いので良しとする。

なかでも自分的に大ヒットは「牡蠣」だ。絶賛。大拍手。
解説にもあるけれど、ピュアな想像力を前に「わ!うれしい!」となっちゃうこと請け合いなのだ。
あと女の人にまつわる話はぜんぶいい。

チェーホフの特徴としてあげられている、
・呼びかけが届かない
・子供の話がとにかく残酷
の2点が気になる。

とりわけ「ワーニカ」における呼びかけの断絶は圧倒的だ。
子供がじいちゃんにはじめて手紙を出すが、そもそも宛名がきちんと書かれていない……という滑稽な話のなかに人間関係の根源的といってもいいような不条理を感じてしまう。それがなにしろ「生きるか死ぬか」がかかっている重大なメッセージなのにもかかわらず。
「ねむい」では子守の娘と泣きじゃくる赤ん坊……もちろん赤ん坊に「言葉」というメッセージを送るわけにはいかない。そう考えるとやはり、あの結末しか考えられない?

「言葉」が届かない状況で小説に何ができるか…というのはすごく今日性のある話というか、いや、小説が小説である限りつきまとうのかな…とか。

短編は普段あまり読まないけれど、「短編すごい!」と思える本だった。
長篇に劣るものとしての短編ではなく、この短さでしか伝えられないものがあるのだと思い知った。

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Posted by ブクログ 2013年10月14日

初めてチェーホフの著作を読むこととなった。
新訳とのことで、くだけた形の訳も多く、分かりやすいのだが文学作品が・・・という印象も持ったが、読みやすかった。
自分自身のロシアに対する印象もあるが、明るいお話でも決して明るく感じることはなく、短いお話でも心を軽くえぐられるような内容のものもあり、不思議な...続きを読む深みがあった。

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Posted by ブクログ 2012年11月13日

訳者の表現が偏りすぎな部分もあるが(とくに他のロシア文学も読んだことのある自分はナッちゃんで興ざめ)、作品ごとに解説があり、全体的に講義をうけているような雰囲気で、自分のようなチェーホフ初心者にはありがたい一冊だった。
解説は、近くて遠い国ロシアのわかりづらい文化などにも及んでいて、これをきっかけに...続きを読むロシア文化を知ってみようと思った。

もったいない。
いままでの人生でチェーホフを知らなかったなんて。
急に詩的な羅列が入る部分など秀逸で、その言葉の選び方のセンスまで憎たらしいほど素敵である。
訳者がチェーホフを「七分の死に至る絶望と三分のユートピア希求の夢」というふうに表現しているのだが、この分配がぴったりくる人にはたまらなくだいすきになってしまう作家だと思う。

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Posted by ブクログ 2011年12月05日

話ごとに解説があってとても親切でした。新訳だったのででとても読みやすかったです。好きな話はナッちゃんが出てくる奴と「かわいい」って奴

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Posted by ブクログ 2011年04月25日

思い切った改訳と、思い入れあふるる解説で、チェーホフがぐっと身近に感じられる一冊。「好きだよナッちゃん」といった訳し方の破壊力がすごい。でも、それとはぜんぜん別の次元でチェーホフはものすごい。

<収録作品>
かわいい(可愛い女)、
ジーノチカ、
いたずら(たわむれ)、
中二階のある家ーある画家の話...続きを読む
おおきなかぶ、
ワーニカ、
牡蠣、
おでこの白い子犬、
役人の死、
せつない、
ねむい、
ロスチャイルドのバイオリン、
奥さんは子犬を連れて(小犬を連れた奥さん)

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Posted by ブクログ 2010年11月14日

好き、とかそういう言葉じゃない感じで、
私の中に残るんです、チェーホフ。
ロシア語に「トスカ」というのがあるのだとかで、
それは哀愁とか切ないとか、
日本語にはなかなか置き換えづらいものだそうで、
私はその「トスカ」というやつをいつも自分なりに感じていて、
チェーホフを読むとその「トスカ」をしんしん...続きを読むと感じます。

胸に深く残ったのは、
「いたずら」「ワーニカ」「ねむい」
でした。
特に、「いたずら」は、
もう私の中で忘れられない短篇になりました。

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Posted by ブクログ 2021年12月15日

ロシア文学に詳しい方からのオススメ✨
まさか、自分がチェーホフを読むとは思ってもいなかった!
これが解説付きで、とてもわかりやすい。
チェーホフの短篇の感想としては、芥川龍之介の作品を思い出した。
登場人物の誰にも感情移入出来ず、傍観者として「こんな話があったとさ」と聞かされている感じ。
傍観者だか...続きを読むらこそ、残酷な話も悲劇もなんだか、クスッと笑ってしまう。
そんな魅力のある作家チェーホフなんだな。
ロシア文学って深い。

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Posted by ブクログ 2018年11月03日

チェーホフ初読。
思想を押し付けない。説明をしない。ただ語る。と言う印象。文学としての純粋性というか専門性が高いと思った。

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Posted by ブクログ 2017年06月24日

 13篇の作品のそれぞれに、翻訳者によるとっても丁寧な解説が加えられています。チェーホフの作品を読むのは初めてでしたが、この解説のお陰ですんなり作品の世界に入っていくことができました。

 残酷だったり、皮肉たっぷりだったり、冷笑的だったり、いずれの物語も真っ直ぐではなく捩くれていて、かなり暗くて危...続きを読むないです。物語の背景となる自然や人々の暮らし振りの描写からして暗い。この暗さはロシアの風土と歴史と社会制度に根差したもののような気がします(因みにチャイコフスキーやショスタコーヴィチなどのロシアの作曲家の音楽も根が暗いですね。何だか似ていると思います)。

 「この短篇はユーモア雑誌に掲載された」などと解説にあるけど、こういった作品を「ユーモア小説」なんて言ってよいのでしょうか? ロシアのユーモアは日本人のユーモアとは相当程度違うものだと思いました。

 個人的には「中二階のある家」、「牡蠣」、「ロスチャイルドのバイオリン」がよかったです。これらの作品でチェーホフは、人間をちょっと斜めから眺めているようでいて、実はその身も蓋もない本質をズバリと言い当てている気がします。

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Posted by ブクログ 2011年09月29日

父がご贔屓の作家のひとり。小さい頃から背表紙だけでは見かけた名前「だから」開かなかったのだけど、身近な読者の書評をきいて、開いてみた。親子というのは、なんだか面倒くさい関係で、それでも素面で読むのは悔しい。で、一杯加減で、でさらにグラスを片手に読んでみたところ、これが、丁度いい。飲みながらチェーホフ...続きを読むを読むのがどうやらマイブーム。ノンアルコールで臨むには、今少し時間が必要か?しかし、この人、なんて距離をもって人を観察しているのだろう。父も、多分、この距離で母を見ていたのだろうな。

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Posted by ブクログ 2011年02月16日

気持ちはわかるけど、思い入れが多すぎる かも でも面白く読めました。
TOCKA 切ない、ふさぎの虫…etc
この言葉深く胸に残りました

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Posted by ブクログ 2011年01月18日

前から読もうと思っていたチェーホフをようやく読み始めました。虐げられた人等、弱者や平民の視点で描かれているなぁという印象。あっさりと、でも少し毒がある感じ。

でも、訳がうるさいなぁ。原文のニュアンスを伝えようとしている訳者の努力はよくわかるのだけれども、やはり読んでいて気持ちが悪いのはどうしようも...続きを読むない。
一作毎に訳者コメントがある本は初めて読みましたが、最後にまとめてあると忘れていたりするので、この点は良いと思います

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Posted by ブクログ 2023年01月04日

映画「ドライブマイカー」と「愛を読む人」で立て続けにチェーホフが出てきて、この映画の本質を理解するにはチェーホフ読まないとダメなんじゃ?と思い、初ロシア文学。なので解説付きのこちらを手に取った。やはりロシア文学、独特のいいまわしが難しい。あと、なんとなく悲しい終わりのものが多い。ねむい、ワーニカ、牡...続きを読む蠣はかわいそうな子どもの話だった。チェーホフが子ども時代に辛い体験がおおかったからそう言う内容が多いと。知らなかった。
いたずら、はちょっと軽いタッチで伝えたい本質も伝わった。かわいい、は、それってかわいいの?と意を唱えたくなるが、男性目線から見れば自分がなく好きな人にひたすら染まる女はかわいいのかもしれない。愛を読む人で読まれてた。奥さんは子犬を連れて、は両思いながらも不倫関係で結ばれない2人の話だった。意外なテーマだ。本編とは別に、チェーホフの言葉で「結婚するなら僕の空に毎晩現れないお月様のような妻がいい」と言っていて、病気のチェーホフはそれが現実になった。この心理は意外とどの男子も持っている願望じゃないか。女性の神秘性や影のある感じ、いつまでも恋人でいたいという。一方で女性は、太陽のような明るく強い男性を好むだろう。そしていつもその温かな光で照らし守ってほしいという。男女の分かり合えなさの序章。もう少しロシア文学を読んで深めてみたいと思う。

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Posted by ブクログ 2021年06月13日

小林聡美推薦の一冊。初チェーホフ。ふーん、そんな世界があるのかあ、と。

1900年前後、ロシアのとある場所は、こんな感じの物語がどこかでおこり、こんな感じの会話が交わされていたのかな?

ワーニカ、子どもがじいちゃんにがんばって手紙を書く話。無防備であったところに、かわいそうすぎる話を読んでしまい...続きを読む、胸が苦しくなった。なんというか、いまも、そのかわいそうな後味が胸の奥に残っている。これが文豪と言われる所以か?

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Posted by ブクログ 2011年09月03日

なっちゃんのはなしが好き!「いたずら」(今までは「たわむれ」と訳されてきた)雑誌初掲載の結末と、その後文庫化した時の結末がこうも違うなんて!もちろん改訂版の方が、味のある結末になってるけど、初版のハッピーエンドもこれはこれで考えさせられる。ロシアの広大な大地と寒さ、ロシア人の人柄、少しだけ垣間見れた...続きを読む

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