【感想・ネタバレ】精神病の日本近代 憑く心身から病む心身へのレビュー

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Posted by ブクログ

タイトルから、医学の専門書のようだが、少し違う。本書は、歴史学の立場から日本の精神医学史を研究したものである。

まず第1〜4章では、明治以前の日本には精神病という概念がなく、当たり前に狐が人々に憑いていたこと、近代精神医学がこれら〈もの憑き〉を排除してきたことが示される。そして、〈もの憑き〉は迷信、あるいは精神病に対する誤った解釈だと再定義されていく。〈もの憑き〉は、地域社会や神々などとの〈繋がり〉の中で発症し、そのトラブルが修復されれば回復できた。また誰もが憑き、憑かれる可能性があった。一方、医師が診断する精神病は、患者個人の遺伝、生活歴に原因を見いだされ、患者の〈存在〉が病むとするものである。結果、病はその家の問題として、新たな差別を引き起こしていく。

第5〜最終章にかけて、戦前の精神病者たちが、いかに差別され、厳重監護され、精神病院に押し込まれてきたかが詳細に語られる。そして、それら網の目は非定住者や売笑婦、不良少年にまで及び、まだ何も罪を犯していない精神病者を、予防的に拘禁するというところにまで至る。刑法では実現できない予防を、医療の側が積極的に担ったのである。病者が道を歩いているだけで連行されたり、座敷牢のようなところに監禁された時代があったのだ。当時の高名な医師たちが精神病者の断種を口にする箇所の引用は薄ら寒くなる思いがする。〈憑く心身〉が〈病む心身〉に再定義されたことの影響は、現代にもつながっていることを示して本書は終わる。

かつて多用されたという「中間者」という言葉から、最近よく聞く「グレーゾーン」という言葉を連想してしまった。

本書を手にしたとき、江戸時代の狐憑きが近代になっていかに消えていったのかを解説した書なのかと思っていた。ところが、始めこそそうだったが、章が進むにつれ、論旨はより広く深く、近代日本社会の差別感情の歴史になっていく。非常に読み応えがあり、またとても興味深く読んだ。万人が手に取る類の本ではないが、読後に社会を見る目が少し変わると思う。

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2022年11月13日

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