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ジョン・タウランドの『流れよ、わが涙』(涙のパヴァーヌ)をタイトルに持つ本作。作中にも触れられていて、ディックはクラシック音楽が好きなんですね。
ある朝、男が目を覚ましたら誰も自分を覚えていない…国家データバンクからも記録が消失した”存在しない男”になっていた。男の名は、ジェイスン・タヴァナー。一般人ならいざ知らず、彼は歌手であり司会も務める、三千万人の視聴者に愛されるマルチタレント。誰もが知っているはずなのに、かつての愛人まで知らないと言う。そして、管理社会であるこの世界で必須のIDカード(身分証明書)も無い…あるのは大量の現金だけだった。
彼は、何が起きているのか確かめるためにも、偽造でもいいからIDカードの入手に迫られ、偽造ID製造を生業にしている女性に接触します。しかし、その女性の精神異常に翻弄されて、その後は警察に目をつけられることに。警察でも彼の記録は確認できないでいましたが、フェリックス・バックマン警察本部長だけは”ジェイスン・タヴァナーは実在している”と考え動き出します。
という話しなのですが、後半は視点がタヴァナーからバックマンに移ったり、パラレルワールドかと思ったらそうではなかったり、と全体的に説明不足ながらも意外性のあるストーリーで楽しめました。それは、ひとえに解説が秀逸なこともあるのだけれど。例えば、タヴァナーとルースとの愛についての会話のやり取り(この場面、結構好きです)で、なぜタヴァナーがあれほどドライな応対だったのかとか、エンディング間際のバックマンの大袈裟過ぎなのではと思われた行動などが理解できて良かったです。
※読んだのは、黒背景の表紙がポジトロンの文庫です。
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アイデンティティという薄っぺらな幻想
「悲しみは最も完全で圧倒的な体験、だから悲しみを味わいたいのよ。涙を流したいの」
愛するということの人それぞれの解釈、そして、愛を得て失うという痛みが、主人公ジェイスンの置かれた状況に絡みつく登場人物達によってもたらされる。
キャシイ、ルース、メアリー・アン、バックマン、アリス……
「ブレード・ランナー」のような世界観とはひと味違うが、これもまた、特別なフィリップ・K・ディックの世界。
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最愛の人に去られたディックの自伝的小説という趣の強いこの作品は、自己の同一性や認識している世界の崩壊というディックの作品に通底している恐怖をベースにしつつ、もう一つのテーマとして愛を割と純粋に語っている作品でもある。愛は自己保存の本能を凌駕し他者への献身、執着をもたらす。
作中で様々な人物が自分なりの愛を見出そうとしているが、その中で主人公であるジェイスン・タヴァナーだけは愛を理解しない。それは彼がスイックスだからかそれとも生来のものなのか。
現実の分裂は観測者だけのものではない。観測されるものもそれに巻き込まれる。
また絶望の底に落ちてからの再生を匂わせて終わるところもらしい部分である。
その他にも警察機構、大学、学生運動、ドラッグなどディックの実体験も物語の随所に散りばめられている。
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「いったい何が起こっているんだ?」
主人公を襲う、夢なのか現実なのかわからないサスペンス劇、かと思いきや……?
「これからどうなる?」というドキドキやハラハラで終盤まで引っ張り、昨今のエンタメに慣れた人にも面白く読める。そして明かされた謎……も良くできているが、この作品の本題はそこではないのだろう。
真実が明かされた後に描かれる人間の葛藤・ドラマにこそ、その真価がある。愛と涙。心が洗われるようなラストシーン。哀しみは美しくすらあり、最後にはどこか暖かい気持ちが残る。そして迫ってくるタイトルが、あまりにも秀逸だ。
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主人公のタヴァナーの言動行動がどこか人間味に欠けるなぁと思っていたら、そういうことだったのか…!ある種のアンドロイドなんだ。
一見悪役であったバックマンがタヴァナーと違って他人にシンパシーを感じ悲しみに涙することのできる人間だったんだな。前半と後半ではストーリーの軸というか誰を主人公と捉えて読むかがガラリと変わる本。
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自家用飛行機が飛び交う世界。3000万人の視聴者をもつ人気エンターテイナーーの男はある日突然安宿で目覚める。この世界では絶対に必要な身分証も無く、あるのは直前に持ち歩いていた大量の現金だけ。
出会うひとも、電話をかけた相手も誰も自分の事を知らない。
世界観はSFではあるけれど、中身は二人の男の愛と喪失の物語。面白かった。
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非常にエモーショナルな作品でした。「哀れっぽい哀しみ」というか、無力感に裏打ちされた希求というか。中盤、ある女性がうさぎの話に続けて語る愛の話は、特にストレートで、今の自分に共鳴しました。(エピローグで彼女のその後を知ってから読むとまた。)あとがきを読んだ限り、当時の作者の精神状態をおおいに反映しているそう。次々に女性が現れるのも、結婚離婚を繰り返した作者の人生を反映しているのでしょう。SF的仕掛けに着目するよりも、登場人物達の語りに聴き入りたい本。
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フィリップ K ディック 「 流れよわが涙と警官は言った 」
近未来SFの面白さもあるが、キーワードは 涙の意味であり、愛のサイクルの物語(愛する→失う→悲しむ→悲しみが去る→また愛する)だと思う。特に ジェイスンとルースレイの愛についての会話は素晴らしい
近未来SFとしての面白さ
*遺伝子操作→優生学→スイックス
*KR3服用者の知覚対象全てが 現実世界から非現実世界へ移行
愛のサイクルの物語
*愛のサイクル=愛する→失う→悲しむ→悲しみが去る→また愛する
*ジェイスンが愛するもの(失ったもの)=自分、人々の記憶
*バックマンが愛するもの(失ったもの)=詩的な美しい世界、ルール→失った悲しみの象徴は 涙→涙により自分を取り戻せる
ダウランド「涙のパヴァーヌ」にバックマンの詩的世界を投影しており、ダウランドを聴くことにより 失った悲しみを忘れることができる
ジェイスンとルースレイの会話
「愛しているときは もう自分自身のために生きているんじゃない、別の人間のために生きている」
「愛は本能に打ち克つ。本能は私たちを生存競争に押し込む〜他人を犠牲にして自分が生き残る」
「愛があれば あなたが消え去っても 幸福感をもって 愛する者を見守ることができる」
「悲しみは あなたと 失ったものを もう一度結びつける」
「悲しみは自分自身を解き放つことができる〜愛してなければ悲しみを感じることはできない」
「悲しみは消え去って この世界でもうもう一度うまく折り合っていく」
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最後バッドエンドじゃなくて本当に良かった。読むのを迷ってる皆様、バッドエンドじゃないから安心して読んで下さいと言いたい。あ、でも若い学生さんとには少し難しいかも。
SF冒険奇譚かと思ってたんですが、あとがきで衝撃。そういう視点もありですね。なるほど、そこからあのタイトルかー。登場人物も面白く個性的で、最後は意外にもしっとり。私は好きです。
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デッィクに慣れてきたのかそれともそういう本なのか、いつになく話の筋がすっきり見える本だった。そのぶんグラグラ感は少なかったけど夢中で読んだ。やっぱりディック面白い!自分がある日存在しない世界に飛んでしまった男の物語。冒頭プルーストのくだりでにやり/人間何が起こるかわからないし理屈通りには動かない/<日常>にいる限り人は共通ルールに則っているが<日常の外>の存在はルール通りにはならない/悲しみは私と失ったものをつなげてくれるもの/恐怖は憎悪や嫉妬より始末が悪い/たまたま目に留まっただけで完全な白紙に歯戻せない理不尽/Mr.バックマンが死んだのは2017年
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TVスターがトラブルで手術室に運び込まれ,目が覚めると世界中の誰も自分を覚えていないし,データバンクに彼の存在を示す記録が何も残っていない,,,という,ディックお得意の「現実と非現実の違いって何?」というお話し.
と聞くと極めてSFチックなのだが,ただし,実は設定はそれほど重要ではなく,読んでみると中身はボネガットか,ジョンアーヴィングか,という感じ.
ディックの作品の例に漏れず,グダグダになっているところもあるし,TVスターは主人公ですらなくなってしまうし,そもそもはじめに述べたトラブルの理屈もサッパリわからないのだが,近しい人を失う喪失の痛みを書いた話です.
おそらく25年ぶりぐらいの再読だが,当時はこの良さが理解できなかったことを,今は恥ずかしく思う.
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解説というものを人生の中で指折りで数えられるくらいしか読んだことがないが、読んだ。
小説に対する某かの感想なんてあまり意味のないように感じていたが、これは理解を深める上では役立つこともあるのかもしれない、と思い直した。
名は体を表す、か。
肝に銘じておこう。
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作者のメッセージ性が強いですが、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」などと比べると少し伝わりにくい内容なのではないかと思います。
ただ主人公の行く先を追っているだけでは読み終わった時に ん? となりそうです。
途中途中の伏線が最後に結びつくのでじっくり読むことを推薦します。
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スイックスという存在に惹かれた。
いわゆる遺伝子操作された特別人種みたいな存在大好き。
ディックの小説はSFだけど哲学的なテーマが垣間見えて文学チックで良いよね!
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ディックの名作とされる作品。ただ後半はよくわからなかった。なぜ警官はタヴァナーに罪を押しつけなければならなかったのか。タヴァナーが世界を異動したことの意味、エピローグの意味は何なのか、とか。もう一度読む必要があるか、、、。
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タヴァナーが主人公かと思いきや、バックマンが実質的な主人公。ただ、バックマンにはあまり魅力を感じられなかった。文章は読みやすい一方で、時折読みづらくなる。タヴァナーの状況は想像するだけで恐ろしいけど、彼は顔が良いので大丈夫。「俺はスィックスだから我慢できたけど人間だったら我慢できなかった」そんなノリでさまざまな困難を乗り越えていくジゴロさん。
SF小説に登場する人物は、舞台設定の為に用意されているだけなので記号的、そんな勝手な偏見を持っていたけど、この小説は人物の描写こそが面白かった。
特にルースレイとタヴァナーの会話や、ウサギや犬の話が印象的だった。嘆きと悲しみは素晴らしい感情であり、悲しみは愛の終局を意味する。タヴァナーには分からないけど、バックマンには分かるんだろうなぁ。悲しみは、失ったものと自分自身を再び結びつけ同化させるもの。愛するものや人が離れようとしているときには、その人と共にいくのだ。自分自身を分裂させて、相手とともに旅をする道連れとなり、行けるところまでついていく。
結局のところ、愛に関する物語なのかな。
いつか天国に行く愛犬にも分裂した私がついていってくれるといいなぁ。
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近未来的で、どこか古臭い。
この本が出版された当時想像されていた“近未来”が、頭の中に浮かんでくる。
どこか退廃的で薄暗い雰囲気は、前に読んだ電気羊を思い出させてくれた。ディックの書く近未来は、なぜか心地良い。
巻末の解説を読むと、執筆当時の著者の状況が色濃く反映されているようだ。
読み始めた当初、スイックスという存在の謎やタヴァナーの記録抹消の解明がなされていくストーリーかと思っていたので、やけに回り道が多い話だなーと思っていた。(恥ずかしい)
涙と愛にまつわる物語。
嘆きと悲しみに対して新しい考え方をくれた
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飽きることなく(一気に、とまではいかないにしても)読み進められる。かなり読みづらいんだけど、不思議なことに。
二部終盤辺りから凄く面白くなって、そこから加速度的に面白くなるのに、膨らみ切らずに終わってしまったような印象を受ける。いつも思うけど、ディックと自分の関心は別のところにあるんだろうな。ストーリよりもむしろ、葛藤とか、アイデンティティクライシスみたいなところに、凄く神経を割いている気がする。
あとは、人物の考えや、話の方向性がころころ変わったり、事実と虚偽が同列に並べてあって分かりづらい。いつものことと言えば、そうかも知れないけど。
また今回は更に、単語の説明も少ないと感じた。作中のアイテムや単語に関してキャラクターがべらべら説明しないのは、それが彼らにとっては当然のものなんだし、理には適っているんだけど。こういう部分も含めて、ディックの見えていた世界が映し出された未来観かな、と思った。大学や強制収容所という単語にさして説明がないのは、(後者はともかくとして)そういう単語が出てきた時点で、発表されたリアルタイムだったらば、「今のこの事態を発展させたものね」という感じでするっと理解できるからなのかな、と。また、世相という点のみならず、自伝的な内容であるらしいという観点からも、ディックの視点を通じて描き出された小説だったといえるかもしれない。
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失うこと、遺す/遺されること。主題は明るいものについてでなく、どちらかといえば暗いものについてだと思う。けれど、読み終わっても涙は流れず瞳にとどまっている。
自分の中でうまく消化できていないので、時間をおいてからまた読み返せたらなと。
日本語に訳された題、「流れよ我が涙、と警官は言った」。英語の原題以上に美しいなと思っている。
Posted by ブクログ
ディック強化月間最後は、ディックらしいちょっとうっとうしいタイトルのこれ。早川で早々に新装版が出ていたので、名作として認められてる作品なのかな?
内容としては、テレビの有名司会者であり、歌手のジェイソンが、ストーカーのファンに襲われて目を覚ましたら、自分だけが存在しない世界に入っていたというパラレルワールド物。
結局最後まで、なぜパラレルワールドに飛ばされたのかが明らかにならず、そもそもの入りの部分の必要性も不明。このへんが「ディックらしく破綻している」っていうのだろうか?
また、「スイックス」など、意味が完全にわからなくてもなんとなく取れるんだけど、言葉の定義をしないままストーリー展開することが多いため、ちょっと疑心暗鬼になるのは、ディックにかぎらず、洋物のSFの苦手なところだ。
それ以外のストーリーは非常に解りやすく、実は飛ばされたのが「去年を待ちながら」のように、非合法の新しいドラッグのせいで、ドラッグが切れるに連れてじわじわと解除されていくというあたりはなかなか新鮮。
個人的にはすごい名作とは思えないし、最後の締めだって、視点を他人に移してのかなり無理やりなところがあり不満だけど、未来にありながらSF要因を絞り込んだところが、本作の印象を良くしたといえる。
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正直、結局何がどうなったのかがいまいち分からなかった。結構サクサク読めて内容は理解できる。が、最終的にどうなったの?スイックスって?
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SFって俺にとってはもっとなんというか、世界自体がドラマの主役のようなものという認識があるんだけど、ディック作品ではあくまでSF的設定は舞台装置でしかなく、そこで生きる人間が主役の座から降りずにいるというのが尊い。
この作品でも存在だとか生だとか愛だとか、タヴァナーが出逢ったすべての女性に物語があって、それこそが主軸になっているのだよなという感。途中までは色男の話かよって感じで鼻白んだりもしたが。最後の一文が美しい作品。
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非常に読みにくい。ザ、翻訳されたという感じの本。読めるひとは絶対英語で読むべき。
脈絡のないストーリーは、設定が良いぶん苛々させられる。名作とされる理由は分かれども、個人的には読むと疲れる一冊。
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人はなぜ涙を流すのかというお話。SFというよりかは、SF的なギミックを持ったハードボイルドな文学という読後感だった。いわゆるディック的なものを求めて読むと拍子抜けかも。
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何とも恐ろしい愛の物語であった。
三千万人の視聴者を抱える人気歌手ジェイスン・タヴァナーが、
或る日、目覚めると自分の存在がこの世から無くなっている。
誰もが自分のことを知らず、あげく警察から追われる羽目に。
触りだけ触れると、どんなトリックが隠されていて、
どんな強大な陰謀がその裏で渦巻いているんだと思いがちだが
物語はそんな単純なものではなかった。
この物語のタイトルである、「流れよ我が涙、と警官は言った」
このタイトルの示す意味に物語の後半で気付かされる。
その時に初めて、この物語の本当の主人公に気付く。
これは、何とも言い難い哀しい物語であった。
それでも、どこか救われたのではないかと最後は思いたかった。
Posted by ブクログ
初めてのフィリップ・K・ディック。
この作品を最初に手にしたのは、幸運なのか?
火星に植民地をかかえる1988年の地球が舞台。
人気テレビショーのホストであるジェイスン・タヴァナー。
情婦との諍いの後、病院で気を失い、目が覚めた場所は不潔な安ホテルの一室。そこは彼を知るものが一人もいない世界だった…
警察に追われつつ、自分の存在した証を求めて搬送するタヴァナー。しかし、実はこの物語の主役は彼ではないような。
タイトルにもあるようにタヴァナーを追う警官、バックマンの人物の造詣がしっかりしている。
第三部で、彼が空虚な心をもてあまし、ふと立ち寄ったガソリンスタンドでの情景が心に沁みた…
とてもよいワンシーンだった。
愛しい誰かがほしくなるハードボイルドSFだ。
Posted by ブクログ
表紙をしげしげと眺めながら「名は体をなす」という言葉が思い浮かんだ。
ある日突然、その存在そのものを消し去られてしまった主人公タヴァナーとそれを追う警察本部長バックマン。
ふたりはあらゆる点で対極を成しており、追う者と追われる者というステレオタイプに深みを与えている。
遺伝的優生種「スイックス」と普通人。
三千万の視聴者を持つエンターテイナーと孤独な警察幹部。
もっとも重要なのは人を愛せるか否かという点ーー愛する者を失う悲しみを知っているかどうかという点。
愛する者を失った時のやり場のない悲しみに物語が収斂する第3章最後のエピソードがいい。
最初は主人公に感情移入して読み始めるのに、最後にはまったくそうではなくなっている、これはフィリップ・K・ディックマジックなのか。