『科学道100冊』の1冊。
原著の発刊は古く、1884年、ヴィクトリア朝時代である。
ちょっと変わったお話で、主人公は二次元世界に住む正方形である。
「えっと、二次元世界ってなんだ?」というところから話を始めなければならないが、タイトルにもなっている通り、フラットランド、つまり、すべてのものが平面
...続きを読む上に存在するのが二次元世界。縦と横の世界である。
我々が普段暮らしているのはこれに高さが加わった三次元の世界、スペースランド(空間世界)である。
一方、次元を下げていくと一次元の世界となり、つまりは線の世界、ラインランド。さらに次元を下げてゼロ次元の世界となると、点だけの世界、ポイントランドとなる。
もしも三次元でない世界にヒト(いやヒトなのかはよくわからないが)が住んでいたとしたら、どんなふうに暮らしているのかという、ある種、ファンタジックというかSFというか、そんなテイストのお話である。
訳者はまえがきで、昨今流行りの哲学や数学や科学を物語仕立てで読ませる作品群のさきがけと言っているが、なるほどそんな風にも捉えられそうである。
物語の前半は、二次元世界の正方形が自分の暮らしを語る体裁である。
この世界では多角形になればなるほど身分が高く、最高位の聖職者は円である。鋭角を持つものやいびつなものは蔑まれていて、人々はなるべく多角形に近づけるように、結婚相手を考えたりするなど(?)で、子孫の角を増やそうとしている。正方形氏の息子も首尾よく五角形となっている。
皆が皆、平面世界に暮らしていたら、誰が何角形なのか、なかなかわからなそうなものだが、声の高さで知ったり、触って確かめたり、視覚的に判断したりする。
他人に触る場合には礼儀があって、どうやって触ってもよいというものではない。うかつに角で刺してしまったりすれば、相手が傷ついたり死んだりしてしまう。
視覚の場合は、繊細かつ複雑な判断が必要になる。例えば六角形を真横から見た場合、中央に均一に見える部分があり、両側は比較的短く暗めに見えるといった具合。
兵士はもちろん尖っており、二等辺三角形で身分が低い(同じ三角形でも正三角形の方が身分が高い)。
女性は線であり、身分も低いが、まぁこのあたりは時代だろうか。
その他、家の構造や気候などが語られる。
この正方形氏があるとき、一次元世界や三次元世界と出会う。
さて、彼にはどのように見えるのか、というのが後半である。
物語的に非常におもしろいかと言われると、そうではないのだが(身分や階級の話が多くてげんなりするし)、この時代に「次元」について深く考えていることの先見性には驚かされる。
この本に触発されて物理や数学の道に進んだ人も多いのだそうで、そういう意味ではランドマーク的な作品なのだろう。
発刊当初はさして評価はされなかったのだが、アインシュタインの相対性理論が発表されて、四次元の可能性について多くの人が考察するようになってから脚光を浴びるようになったという。
それもそのはず、物語の終盤で、正方形氏はなんと、自らの世界を俯瞰するかのような三次元世界を知った際、その三次元世界をも俯瞰するさらなる次元(ソートランド(思考世界))もぼんやりとだが思い浮かべているのだ。もっともその代償は大きくて、これに関する論文を書き上げた正方形氏は、誰にも理解されないばかりか、「危険思想」を持つものとして投獄されてしまう(!)のだが。
著者のアボットは、神学者の家に生まれ、26歳で学校長を務めるほどの秀才だった。数学や古典にも精通していた人物だったとのこと。
巻末には本作に想起されたという写真家による、次元を超えた世界をイメージする作品群である。表紙もその1枚。