フランス語圏の漫画、BD(バンド・デシネ)の大作。「闇の国々」と呼ばれる国を舞台とする連作である。本書出版の時点では、本編が12作、番外編が12作出ており、本書ではうち本編3作が収録されている。
日本語訳としては、本書に加えて『闇の国々II』と『闇の国々III』は刊行済であり、『闇の国々IV』は20
...続きを読む13年秋頃に出ることになっているようだ。各作品の刊行順序は原作とは異なり、本書(I)に収録されているのも2作目(「狂騒のユルビカンド」)、3作目(「塔」)、6作目(「傾いた少女」)となっている。
原作シリーズの自体もまだ完結というわけではないようだが、「闇の国々」に起こる出来事を描く各作品がゆるやかにつながっているものなので、どこから読み始めても、またどこで終わりになってもよいようにも思われる。
原作はブノワ・ペータース、絵はフランソワ・スクインテン。2人のうちのどちらが欠けても生まれえなかったのであろう作品である。
「闇の世界」は「明るい世界」(いわば通常の世界)のパラレルワールドのようなものである。独立に存在するこの2つの世界の間にチャネルが生じ、交感することもある。
さまざまな人物や文学・芸術へのオマージュがちりばめられ、作者のイマジネーションに促されて読者の想念も揺さぶられ、刺激されるようでもある。不思議な奥深い世界である。
「狂騒のユルビカンド」では、謎の立方体構造が網状に成長を続け、都市への脅威となる。核を得て、結晶が成長し始めるようなものである。作中で主人公が、「もし立方体を斜めに置いていなければ」と考える場面がある。平らであったなら、また元になる立体が六方晶の形や正四面体であったなら、どんなことになっていただろう。
「塔」では、バベルの塔を思わせる塔の「修復士」が止むことのない塔の修復に業を煮やし、責任者である「巡察士」に直訴しようと旅に出る。下降と上昇の旅の末に、彼が目にする世界とは。白黒と色彩の対比に息を呑む。
「傾いた少女」もまた奇妙な物語である。勝ち気で物怖じしない少女が突然傾き始めたのはなぜなのか。物語後半には、「明るい世界」との往き来が、巧妙な技巧で描き出される。
長じて改革者となった少女のかぶるベレー帽には、個人的に、著名な革命家を連想した。
谷口ジロー作品(『父の暦』あたりか)とピラネージの版画は見てみようと思った。
非常に精緻で細かく描き混まれた絵が、まったくアシスタントの力を借りずに作画されているということにも驚く。1ページを描くのに1週間を費やすという。いやはや、すごいことだ。そうでなければ作り出されない世界もあるということだろう。