小説として、各章それぞれは、面白かった。
読みやすく描写も生き生きとしていて惹き込まれたので一気に読み進めることができた。
でも、一冊の物語として読み終えた感想としては、モヤっとしている。
各章に描かれている主人公たちが直面している問題が、共感できるものだった分だけ、物語全体の主題となる筈の「賢者
...続きを読むの書」に記されている内容がそれに釣り合うものなのか、自分の中に納得感が生まれなかった。
私がもっと哲学に精通していて、ウパニシャッドの実体を理解していないまでも、凡そこんな内容が書いてある、といったことを知っていれば、もっと違ったのだろうか。
デュペロンの章の「言葉」と「金」についての、それぞれの哲学と人間ドラマは、とてもドラマチックで面白かった。
そこから、また現代に戻るのかと思いきや、更に遡るとは思わなかった。
シコーの章の「神」と「この世」の有様も、構造として面白かった。この世で対立していた弟ではなく、占星術師を対立する存在として書いてあったところは、なぜなのか、私には自分なりに解釈しきれていない部分ではあるけれど、「生き方」「あいまみえぬ哲学」に主題をおいたものであれば、そういうものか、とも思う。
ただ、シコーの章を読み終えて、これから、物語の中心線に戻るのだろう、この前提から、日本人の主人公はどう動いていくのか、という期待をもって次の章に進もうとして、残りページの少なさに愕然とした。
なんで日本人がインドに行かなきゃならなかったのか?
デュペロンの章で日本に言及されているけれど、シコーとは関係ないんじゃ?
あえてインドに行って時空を超えることに、納得感がまるでなかった。
デュペロンとシコーの章が、現実の存在としての「言葉」を丁寧に扱っていた分だけ、書物や言葉って物理的に時空を越えるためのものではないよね、と感じてしまった。
各章それぞれが、小説としてとても面白かったので、残念だ。
読後の釈然としない思いをどうにかしたくて、他の方の感想を拝見した中で、それぞれ別の短編としても良かったのではないか、というのを拝見し、大いに同意した。
論理的に構造化しようとしたことで、返って、矛盾が大きくなってしまっている印象。
あと、小説としての感想。
各章に登場する人物全てに対して、きちんと人格と信念を認めている、いわゆる「モブ」として使い捨てにするような人物が一人もいない描写、その視点はとても良いと思った。
最近の小説に多い、全ての人間が醜い矛盾した部分をもっているという視点を強調した物語とは違っている。
だから、読んで良かった。
あと、女性の描写が上手いと思った。
各章の主人公たちのどうしょもない部分を受け入れてくれる存在として描かれているのは皆一緒なのだけれど、それを無条件じゃなく、ちゃんと葛藤と諦めの中で受け止めてくれている、というのがリアルで良かった。作者が女性だったら、こんなに綺麗な印象で彼女たちは終わらなかっただろうな、と思う。