河北新報社のレビュー一覧
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個人的な話になるが、この本を読み終わった5月3日は、28年前朝日新聞阪神支局襲撃事件の起こった日だ。当時学生で物を書く仕事に憧れていた私には、とても衝撃的な事件だった。中でも銃撃された記者が「指はあるか!」と叫んだという逸話が忘れられない。命の危険にさらされても、なお書くことへの執念は捨てない、そ...続きを読むPosted by ブクログ
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読んでいて、何度も涙が出てくるのを必死にこらえた。
自室で読んでいたら、それこそどうなっていたのか
わからない。
「大震災」後の3月28日にやっと故郷の宮城に
入ることが出来て、そして、そこで目にした
「光景」は一生忘れないだろう。
今でも、「自分に出来ることは何か」を模索しながら
生きている。Posted by ブクログ -
東北の新聞社の震災後における初動を描いた記録。
初動において、安否確認をして、情報収集をして、それを発信する――というプロセスは、国交省や自衛隊等の対応機関に類似していると思った。
じっさい、新潟日報との協定だとか、それを踏まえたデータ送受信訓練を一か月前に実施していたことだとかは、先日国交省の東...続きを読むPosted by ブクログ -
仙台に本社を置く河北新報は、東日本大震災で壊滅的な被害を蒙った。沿岸の支局は津波に呑まれ、安否不明の記者も続出。本社のコンピューターが倒れ、紙面制作の機能を失う。「それでも新聞をつくらなければならない!」この絶対命題を前に、彼らは何を思いどう行動したのか。“新聞人”たちの凄絶な闘いの記録。
単行本発...続きを読むPosted by ブクログ -
先ず、震災当時の悲惨な映像が思い出され涙した。
次に、被災者に情報を届けようとする河北新報社社員たちの努力と葛藤に目頭を熱くした。
そして、地元住民に寄り添う地方新聞社の大切さに気付いた。
私たちは、多くの情報から自ら判断し行動している。情報が突然に絶たれたなら、私たちは自らの立ち位置すら見失い身...続きを読むPosted by ブクログ -
一昨年、ロンドンオリンピック終了後に半ば観光気分で訪れた東北。当時は震災から1年6ヶ月が過ぎ、震災関連の情報はほぼ全く報道されなくなっていたので、そこそこ復興しているものとばかり思っていましたが、現地に着いてみると復興などとはほど遠く、ガレキや潰れた車などの鉄材がそこかしこに残り、何もない荒野や鉄骨...続きを読むPosted by ブクログ
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震災の時は東京にいた私ですが、生後2ヶ月の息子と初めての育児に追われる中で、かなり情緒不安定になっていました。この本を手に取ったということは、あの時、被災地はどうだったのか、今やっと落ち着いて読めるところまできたと言うことなんだと思います。
やはり、心の奥底にある不安定なところにダイレクトに訴えかけ...続きを読むPosted by ブクログ -
近年、新聞社をとりまく環境はとかく厳しい。ジャーナリズムが劣化したとの声が聞かれ、じっさい、販売部数の減少には歯止めがかかっていない。しかし、いざとなったときに頼れるのは、やはり新聞なのではないか。本作を読んで、その想いをいっそう強くした。まず、新聞社自身が被災者なのである。被災者の心に真に響いてく...続きを読むPosted by ブクログ
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「河北」という名称に、そんな信念がこもっていたとは。
震災下の未曾有の状況で、休むことなく取材活動を行い新聞を発行し続ける誇りと葛藤。
ヘリでの取材中に救助を求める被災者を発見したものの、何もできない無力感に苛まれる記者たち。
先日読んだ石巻日日新聞の本では、休むことなく「印刷した」新聞の発行...続きを読むPosted by ブクログ -
震災時の報道資料。いわば新聞社のBCPに関する実録であり、大変勉強になった。街がなくなったと書く記者の心情には、心動かされた。Posted by ブクログ
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東日本大震災(そして原発事故)被災地の新聞が被災当日からいかに報道・取材・発行に取り組んだかが描かれている。彼ら自身も被災者。あるべきものがない中で、報道のあるべき姿が逆に浮かび上がってきた。いろんな部署を紹介しているので(記者だけが頑張っているわけじゃないので当然だが)読み物としてやや散漫な感もあ...続きを読むPosted by ブクログ
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東北地方6県で展開する地元密着型の地方紙にとって、あの東日本大震災はどのような影響をもたらしたのか。
当時の社員のアンケートをもとに再取材・再構成したドキュメンタリータッチというより集まった事実を淡々と記述した飾らないスタイルに好感が持てた。
東北の地名で分からない部分が多いのと、新聞業界の役職名・...続きを読むPosted by ブクログ -
自社も被災したにもかかわらず、新聞を発行し続けようとする河北新報の地元紙としての使命感。その戦いの記録。
宮城県の死者が万単位になることが分かったときに、新聞の見出しの文言を「死者」にするか「犠牲者」にするかで悩み、ただ一紙「犠牲『万単位に』」とした河北新報。それは被災者に寄り添うと決めた地元紙ゆえ...続きを読むPosted by ブクログ -
東日本大震災で大きな被害を受けた仙台に本社を置く地方新聞の河北新報社。3月11日の地震の直後から、その翌日の号外発行に始まり、その日以来の被災者に寄り添う報道の様子を伝えるノンフィクション。毎日当然のように私たちの手許に届く「紙の」新聞がいかに貴重なものであるか改めて認識を新たにさせられます。その裏...続きを読むPosted by ブクログ
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いまだ被災地のや被災者の心に深い爪あとを残し続ける東日本大震災。本書は地元紙であるは河北新報社が『その日』からどのようにして新聞を作成し、輸送し、読者のもとに新聞を配達したのか?そのクロニクルです。
この本は甚大な被害を日本にもたらした東日本大震災。地元紙である河北新報がいかにして震災のさなか、取...続きを読むPosted by ブクログ -
復興地において10年という区切りは何の意味も、もたない。
体験談として、胴体の一部が失われた愛娘との再開のシーンがあるが、込み上げるもの無くして読むことはできない。Posted by ブクログ -
震災からもう4年になる。
震災復興に関わる仕事をしている会社にいるとは言え、やはり震災の記憶は徐々に風化する。今も故郷に戻れず避難生活をする人々のことを忘れる。
だから新聞を読んだり本を読んだりして、また思い出す。
この本は、河北新報が震災とどう向き合い、どう報じたかを記録したドキュメントです。
河...続きを読むPosted by ブクログ -
震災に関しては十人十色の意見や考え方があるんだろう。
震災から4年近く経つが節目の日を除くともう全国紙や全国ネットで震災が報じられることは殆ど無い。
これを“風化”というのだと思う。
あらためてメディアは何のためにあるのか問いたい。
視聴者や読者が食い付くネタを並べ、視聴率や販売部数を伸ばすこと、...続きを読むPosted by ブクログ -
仙台に本社を置く河北新報は、東日本大震災で壊滅的な被害を蒙った。沿岸の支局は津波に呑まれ、安否不明の記者も続出。本社のコンピューターが倒れ、紙面制作の機能を失う。「それでも新聞をつくらなければならない!」この絶対命題を前に、彼らは何を思いどう行動したのか。“新聞人”たちの凄絶な闘いの記録。Posted by ブクログ
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震災発生から3ヶ月後のアンケートを元に作られた本。
読んでいると、じりじりとしたものを感じる。
生活インフラが破綻するということ。そして大変な時は誰も責めないということ。頑張ろうって言われても頑張れないということ。
ただ、生きるということの奇跡を考えてしまう。
生きている人は悩むけれど、...続きを読むPosted by ブクログ