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脳手術の後遺症で記憶を新たに作れない脳障害患者H・Mが記憶の科学に残した遺産はいかに巨大だったか。長年治療にあたった医師自身が綴る、「医学史上最もよく研究された患者」の記録。映画化決定!
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Posted by ブクログ
てんかん治療として海馬を手術によって除去され、記憶障害となった有名な患者H.M.。著者は、彼を長年研究した医師である。本書で彼はH.M.=ヘンリー・グスラフ・モレゾンとして再度名前を与えられ、単なる特殊な症状を有する研究対象ではなく、ひとりの人間としての彼の人生に光を当てられる。多くの脳神経科学を紹...続きを読む介する本でも紹介されたH.M.が、つい最近の2008年まで存命だったというのは驚きだ。今後脳の海馬切除手術は行われることもなく、H.M.のような患者は二度と現れないことを鑑みると、PETやfMRIなど脳内の活動を計測する装置が進化した近年まで存命であり、それらによる検査を受けることができたのは科学にとっても幸運だったのではないだろうか。27歳のときから50年以上も長期記憶を失って生きるということがどういうものだったのか。それは彼にしかわからない領域だ。本書はそのような彼と彼の時間に対してささげられた本である。 本書の内容は、ヘンリーに対して行われた注意深くデザインされた実験により明らかになった人間の記憶のメカニズムと、海馬を切除されてもそのことを受け入れなお心優しき人間として生きるヘンリーの実像という二つのテーマを絡めて進められる。 ヘンリーとの実験によって脳神経科学にもたらされた知見は大きい。ヘンリーは、長期記憶に変換する能力を失ったが、短期記憶の能力は失っていなかった。また、陳述記憶は記憶する能力は失ったが、運動スキルなどを覚える能力は失われなかった。こういった事実から、短期記憶と長期記憶の違い、長期記憶として保存するためのメカニズム、陳述記憶と非陳述記憶の違いなどが明確にされた。作動記憶(ワーキングメモリ)に関する研究も進んだ。そして、記憶のメカニズムが、情報の符号化、貯蔵、検索といったことを実現するための異なる過程の集合体であることが解明されてきた。その知見をもとに研究が進んだレム睡眠中での海馬の活動もとても興味深い。ノーベル賞受賞者の利根川進も、海馬による学習と記憶の仕組みについて遺伝子学の知見を持ち込んだ研究で成果を出したことにも触れられている。 死してなお、その脳をスライスされて保存されたヘンリー。それにしても、比較的広く行われたロボトミー手術の例もあるように半世紀やそこら前には人間の脳を切り刻むことが行われていたのは驚きであるし、また海馬切除されたヘンリーが記憶障害以外では(てんかん治療の薬によって萎縮が見られた小脳以外は)大きな問題がなかったこともまた人の脳の柔軟性という点で驚きなのである。R.I.P.と言いたくなるが、彼にとってそう言われることの意味はまたどこにあるのだろうか。
ものすごい本だった。これは文庫化くらいをタイミングにか、少々ヒットするように思う。 約50年ほど前にてんかんの治療手術のために、脳の一部を摘出した結果、手術前と20秒以内の記憶しかなくなってしまった患者の生涯と、彼の貢献などにより発達した記憶に関する研究の本。 扱ってるテーマからして重厚な上に、専門...続きを読む知識がないとしんどい部分も多々あるけど、人間性を構築する要素とは、とか、人生とは、記憶力とはなど、多様な問いが立てられるし、一学術分野の進歩や記憶について知識を得ることもできる、かなり読み応えのある一冊。
脳の一部摘出手術を受け記憶する能力を失ったH・Mことヘンリー・モリソンについて50年近く研究を通して歩んできた学者がその間得られた脳の機能について、およびH・Mの人生について記述する。 H・Mは転換の重い発作のため1900年代半ばに海馬周辺の摘出手術を受ける。その時はわからなかったが、両方の海馬の機...続きを読む能を失うことで30秒程度以上の記憶を保持することがほとんど出来なくなってしまった。一方手術以前の記憶は残っていたり、体を動かすような記憶や意味記憶(エピソード記憶でない)はわずかではあるが出来ていたりする。これは記憶が単に脳のある箇所だけで行われるのではなく、様々な部位で行われることを示した。また意識なるものはもっと複雑な作用で成り立つことが徐々にわかってきている。
うまく考えがまとまらない。 技術の進歩、研究者のたゆまぬ努力、ヘンリーの存在、様々な偶然が重なって多くの発見に結びついた。 研究対象としての人生って、どうなんだろう? 本人だったら?身内だったら?? それにしてもこれほどまでに実験には根気がいるものなのか。
てんかんの手術により両側の海馬、海馬傍回、扁桃体を切除された患者H.Mの生涯を描き、またそれと並行して脳科学の進歩が描かれている。てんかんの治療を目的としたとはいえ、結果的に近時記憶障害を来すこととなり、そのことから、記憶に関する知見が大きく進歩したことは皮肉ではあるが、科学の現実かもしれない。健忘...続きを読む患者の人生を具体的に描けるという点でも勉強になるし、また記憶に関する総説としても、よくまとまっていると思う。少しこの分野に知識がないと少し読むのに苦労するか。
望みをかけて臨んだてんかんの治療のための手術で 脳の一部を切除し、術後からの記憶をとどめることが 出来なくなったヘンリーの記録。 現在に閉じ込められた…と聞いても 中々どんな状況なのかなんて想像もつきません。 会う人々がみんな知らない人。 今いる場所もわからない。なぜそこにいるかも。 お腹がすい...続きを読むているかもや喉の渇きもわからない。 時間がたつとどこがどういう風に痛いのかも説明できない。 家族が亡くなったのも覚えていられない。 こんな状況で、いつも笑みをたやさず 自分からすすんで脳科学の研究に協力するヘンリー。 自分らしさを形作るものは、膨大な過去が 積みあげてきたものによると思っていた私。 毎日が新しいことの連続なのに、 会う人には冗談を交えた会話をし、 家電機器の変化も、引っ越した家も 医療機器の変化やコンピューターにも 鏡の中の老けた顔の自分までも丸ごと受け入れるヘンリー。 読んでいるだけで頭が痛くなりそうな記憶検査。 質問にはきちんと答え、たまには期待に応えようと 作り話っぽいことまでしてくれることも。 不安やふがいないことも沢山あったはずなのに 誰も恨まず何がヘンリーをそこまで協力的にするのか。 それは「誰かの役にたつこと」が支えていたんだと思います。 この検査が、この質問が、自分が発するものが みんなの役に立っている。 そこに自分を誇るものがあったのだと私は思います。 この著者は長年研究者という立場でヘンリーの傍にいましたが、 決して研究者だけの関係ではありませんでした。 温かく家族亡き後のヘンリーを支えてくれています。 論文などで有名になったヘンリーを マスコミなどからも守ってくれました。 研究対象者としてだけではなく1人の大切な人として 長年接していたコーキン博士。 手術後に出会った人が覚えられないはずのヘンリーが…。 大切なことには奇跡がつきものなのかもしれません。 とにかく難しい本で、ほとんどわかりませんでした…。 記憶といってもなんと種類の多いこと! そして私たちの脳のなんと複雑怪奇なこと!! ちょっと医学的な部分を端折って、 ヘンリー・モレゾンの記録中心に読みましたが それだけでも感動です。 神経回路とは、まさに神の路。 分断されたとしても、大切な路は 紡がれていくものなのです。
てんかんの外科的治療のため両側の海馬+海馬傍回を切除したHMは新しい物事を覚えようとしても15秒以下しか記憶がもたないという重度の健忘症に苦しめられるようになった ー 非常によく調べられ、有名な患者であるHMについて、主研究者であったスザンヌ・コーキンが記した本。内容的にはセンチメンタルな部分は少な...続きを読むく、神経心理学的な話が中心。多少なりとも神経科学の知識がないと難しいかもしれない。 これまであまりよく知らなかったが、HMは手術を受けたあともてんかん発作には悩まされていたという。また、抗てんかん薬の副作用らしき小脳萎縮も顕著で、運動を指標とする検査結果の解釈は若干慎重に行うべきらしい。 HMは両側海馬の前方3分の2、海馬傍回が切除されていた。現代の神経科学の知識によると、この手術によって短期記憶は損なわれなかったが、短期記憶を長期記憶に変換する過程が障害されていたということになる。 日常生活では陽気で人懐こかったという。日常生活上の不安や苦しみの多くは長期記憶や未来の心配から生じることを考えると、ヘンリーが人生の大半をストレスに煩わされずに生きてきた理由も見えてくる、と著者は言うが、扁桃体が切除されていたせいもあるのかもしれない。また、未来の出来事を想像する時は過去の体験を組み合わせるため、脳回路も過去を思い出す時と同様、内側側頭葉、前頭前野、後頭頂皮質などに依存する。ヘンリーには未来を想像して不安や恐れを抱くということがなかったらしい。 ・陳述記憶はほぼ全て失われていた 陳述記憶はエピソード記憶と意味記憶に分けられる 意識してものを記憶するためには海馬とそれに隣接する海馬傍回が必要である。 海馬傍回はさまざまな知覚や文脈を海馬に伝え、海馬はこれらの情報を結びつける 見たもの、聞いたこと、匂いなど、その時の複数の情報、出来事の順序、他の体験との関連 ・非陳述記憶は保持されていた 手続き記憶 運動の学習は初期には運動野と前頭前野、頭頂葉、小脳などが活性化する。習熟してより自動的になってくると線条体や小脳もこれに加わってくる。海馬や海馬傍回はこれに関わってないため、ヘンリーも記憶することができた。 プライミング プライミング効果も認められた。このことから、プライミングの神経回路は高次連合皮質内の記憶回路に局在すること示唆されている ・逆行性の健忘もあり、自伝的な記憶は障害されていたが、意味記憶はよく記憶していた。 すなわち、自伝的な記憶の固定には海馬が必要だが、事実や一般的な情報などの記憶固定は海馬系に依存しない。 ・短期記憶は特定の回路同士が閉ループ内で連絡しあうことで可能になるが、長期記憶はニューロンの可塑性による。
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