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Posted by ブクログ
[BOOK]2026.5.3 まぐだら屋のマリア、ドラマとともに完読
2026年05月04日05:13友人まで公開82 view
うーん、またまたバカ親が引き起こした悲劇、という
環境に対しては、幼子には、どうしようもなく
無力で、、、
そのあとは、、、
だれかがその悲劇の連鎖を
どこかで断ち切らないと
、、、これもいでんがなしてしまうことなのか
マハさん、これはいたかったです(^^♪
smile(^O^)
P1~P125第一話「尽果」~第六話「初霜」紫紋が尽果のまぐだら屋にたどり着くところから、女将さんに柿で拵えた「初霜」を持っていってあげるまで
P126~P232第七話「凍空」~第十二話「奇跡」沁み大根の筑前煮を作る紫紋から、死んだと思っていた丸弧の母が生きているかも、のところまで
P233~P385第十三話「朝靄」~第二十話「帰郷」丸弧が郷里に帰るところから、最終話マリアに諭されて紫紋も故郷に帰っていく
この悲劇の発端はやはり親の育てだ。母方も子供を産むときにはそれなりの責任をちゃんと持って、父親にする人間もちゃんと選別しなければいけないし、男側も決してやってはいけないことを幼子にすべきではない。この当たり前のことが守られなかったことにより、リアも自分を失ってしまうことになる。でヨハネ一家を巻き添えにしてしまうことになる。リアの弱さを誰が責められるだろうか。やはり人として子育ては人生のうちで最も責任のある所業であると、万人が心得てほしい。こう強く思わずにはいられない、(^O^)にとっての「まぐだら屋のマリア」だった。
[TVねた]2026.5.9 令和の「マグダラ」は
2026年05月10日05:11全体に公開 みんなの日記99 view
とても分かりやすかったぁ
、、、というのは、リアとレイコが最後に
打ち解けるシーン
TVではレイコが手を上に差し出して
リアを招き、さらに
「、、、わたしはとうにおまえをゆるしていたよ」と
ささやきをいれてくれて、
そのあとに抱き寄せる
まぁ、岩下さんほどの演技者でなければ
ここまでの小説を飛び越えた
心理描写は無理だったのかもしれないが
おもはず、小説を読み直して
やっぱ、
平成の「マグダラ」は
とてもわかりづらい
まだ混沌としたエゴの時代をひきずっているからか
まちがいなく令和は「エヴァ」の時代に
入っている
そう確信せざるを得ない
(^O^)なのでした(^^♪
smile(^O^)
すまいるニコニコ?
Posted by ブクログ
なんと言ったらよいのだろう。
「原田マハ」の作品に関しては、正直それほど多くを読んできたわけではない。
例えば本屋の陳列や、伝え聞く評判が気になり、ふと手にすると、それがマハ氏の作品であったという、そんな出逢い方で親しませて貰ってきた。
そしてこの『まぐだら屋のマリア』もその一冊となる。
たまたま目にした表紙のタイトル。これに魅せられ思わず手に取ってしまった、といったところか
そしてこの“導き”は間違いではなかったと、そう言い切れる。
マハ氏の筆致―それが創り出す物語の世界観には毎度驚かされる。見識の深さがなせる技とも言えるのだろう。
ただ奇をてらうでもなく、ごく自然にそれでいて何処かミステリアスでスリリングな薫りを一冊の中にしたたか閉じ込めていく。
表紙を開き、頁をめくるたびに解き放たれ燻り立つその薫りが、様々な色彩を帯びながら、読む者を惹き込み物語の世界を魅せていく。
『まぐだら屋のマリア』―“言い得て妙”とはこのことであった。
これ以上穿った物言いは避けてはおくが……。
常に思うのはマハ氏の文学は「タメの妙」だと、勝手ながらに感じている。
「タメ」とは“含み”である。その“含み”の先に秘めたものが息を潜めている。それを丁寧に、しかしながら大胆な筆致で一つひとつ解き明かしていく。
宗教(善と悪)
肉体
精神
命
人生
誓い
裏切り
罪
贖罪
情
愛憎
出逢い
そして、別れ
果たして「マリア」とは―
“聖母”か、あるいは……。
「面白い」―確かに、間違いなくこの小説は面白かった。ただもっと自分自身が抱くこの感情に寄り添うなら、「意味深き」と表現するほうが、より“しっくり”くるのだろう。
そしてこの“導き”は私自身にとっての「マリア」を探す“旅”でもあるかのようだった。
余談だが、マハ氏の物語はまだ数冊、“積読”の山に紛れ“解放の時”を待ちわびている。それを眺めニタニタしながら、今私はこれを書いている。
Posted by ブクログ
NHKでドラマになっており、素敵な内容だったので原作も読んだ。
や~~~~、ドラマも素敵だけど原作もすごくよかった。
なんというか私は遠くに連れていってくれる小説が好きで、読み始めたところから読み終えて、遠くまできたなあ…と思えるような作品が好みなのだが、これはまさにそれだった。
”ここに帰ってきたい”と思える場所がある幸福とか、その得難さ、血の繋がりが家族ではないことや、あたたかな連帯、そういったものがゆっくりと互いに影響していて、自分の生活や人生に後ろめたさとか悔いていることがある人はいて、場合によっては大きなことだったり取り返しがつかないものだったりすることもある。
有り体に言えば、傷の舐め合いなのだろうけど、だからなんだという話だ。逃げたくても逃げ場所がなくて途方にくれている人たちが、行き着いた場所でたまたま出会って、自分の罪責を抱えながら、それを抱え続ける苦しさをだましだまし和らげながら生きて、何が悪いというのだろう。それが人間が生きることではないのか、というメッセージが含まれているように思う
Posted by ブクログ
傷ついた人たちの再生の物語。
紫紋は職を失い、死の影がチラついていた。所持金は千円。19歳の浅川悠太が自殺したのだ。海沿いを走るバスに乗り、所持金の額になったところで降りた。歩いていると「まぐだら屋」とある料理屋さんの前に差し掛かった。マリアと名乗る女性がご飯を出してくれた。食べてしまった。無銭飲食だ。食堂を手伝うことになる。
また行き倒れをマリアが拾う。丸狐くんという。紫紋の家で世話をする。元引きこもりらしい。母を殺したという。
丸狐くんの母が生きていたことがわかって、丸狐くんは帰っていく。マリアが指のない男と去る。紫紋はひとりになる。もともと体調の悪かった女将さんが、いよいよ危なくなる。
Posted by ブクログ
降り積もる寂しさとせつなさ。
尽果(つきはて)にやってきた人たちの物語に
胸を抉られるような思いだった。
ドラマを観た後でこの原作を手にした。
水平線のつづく青い海
バスは「つみびと」を乗せ
尽果でおろす
海を見下ろす崖っぷちに立つ
「まぐだら屋」の戸口には
大きな壺に投げ入れられた
紅葉のひと枝が 赤々と
マリアの心温まる料理に癒され生かされる紫紋。母を殺したと泣く丸弧の背を撫でるマリアの優しい手。
マリアと与羽の激しい恋に傷つけられた人たち。「償いのために」この尽果にやってきたマリアと、死ぬまでマリアを赦さない女将の桐江。
老舗料亭「吟遊」の後輩、悠太の自死とその後の春香。それぞれの思いが哀しく交差する。
映像を頭の中で再生しながら原作を読むと、季節の移り変わりや温かい料理の匂い、そして生き直そうとする人らの表情が言葉から立ち上がって見えた。真っ白な雪に死を、菜の花の黄色に光のような生を感じた。
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