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原発事故、なでしこ、放射能、風評、暴力団、ジョブズ、嫌韓、八百長、紳助、ぽぽぽぽーん……
何が正しいのか、わからない世の中だから、この一冊!毎週金曜日に公開されるや否やネットで大議論を巻き起こすコラム「ア・ピース・オブ・警句」。それはまさに数十万人が参加する「オダジマ白熱教室」。原発に、保安院に、なでしこに、石原都知事に、誰もが一言いわなければ気が済まない。眉間にシワを寄せ、鼻の穴をふくらませながら語られる「正義」に水をかけ、時にスベり、時に火だるまになりながらも、前のめりで切り込んでいくコラムニスト、小田嶋隆の真骨頂ここにあり!
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Posted by ブクログ
いいコラムは読者の思考を促します。何度も立ち止まらせます。小田嶋さんのコラムはまさにコレ。お高く留まって天の声を下々に伝えんとするコラムとは違います。オープンマインド。風通しが良いともいえるかもしれません。
小田嶋さんのことは、雑誌で何度かコラムを読んだことがあり、「面白いことを言う人だなぁ」とかねて思っていましたが、単行本を買ったのは先月の「場末の文体論」(日経BP)が初めて。いや、大変に面白かったです。
で、すっかり癖になって「その『正義』があぶない。」を購入。他にも著作はたくさんありますが、自分は正義を振りかざすことに激しい抵抗を覚えるタイプなので、これを選びました。
結論は言わずもがなです。って、それでは感想にならないので、気になったところをいくつか。
まず、著者は「発刊に寄せて」で、震災以降の日本の言論状況に言及します。
「震災以来、原発をはじめとするあらゆる分野で、人々は、議論ではなく、『正義』(←(『議論の余地のない正しさ』は、議論を圧殺する)それ自体を求めるようになった」
なるほど、そうかもしれません。といいますか、私自身、FBで何度か、震災以降の窮屈な世間の様相に触れてきました。たとえば、「ジョークが許されなくなった」というふうに。「国難」「絆」「勇気」の硬派な言葉が世の中に溢れ返り、冗談は相成らんという窒息しそうな空気が蔓延しました。今はだいぶ和らぎましたが。
小田嶋さんは、この空気に抗していたのですね。
「その『正義』がもたらす窮屈さへの悲鳴として、私が並べ立てていたジョークのいくつかは、いま見ると、明らかにスベッている。比較的デキの良い組のギャグも、確実に笑いをもたらしたとは言い切れない」
そこまでジョークにこだわらなくても…とは思います(笑)
脈絡なく続けます。本書では、島田紳助の芸能界引退問題も取り上げています。著者は「紳助はその気(政界に進出する)だと思う」とかなり大胆な予想を立てます。選挙についての著者の見立てが面白い。
「選挙は、人気を競うコンテストではない。知名度を争う戦争だ。好きであれ嫌いであれ、名前を顔を知られている候補者が勝つ。そういうことになっている。1万人に嫌われて、50万人に好かれている候補者と、100万人に嫌われていて80万人に好かれている候補者が、同じ選挙区で選挙戦を戦った場合、必ず後者が勝つ。選挙というのは、そういうレギュレーションなのだ。とすれば、紳助は無敵だ」
何だか身も蓋もないですし、一応、それなりに政策を見て判断する自分としては納得し難いところもありますが、選挙の基本仕様としてはそういうことなのかもしれませんね。政党が芸能人、タレントの擁立に血道を上げるのも頷けます。
一時、「品格」という言葉が流行しました(今もですか?)が、著者の主張は我が意を得たり、でした。
「品格は、本来、語るものではない。評価するものでもない。ただそれは人が去った後に香気のように漂うものだ。いずれにせよ、品格について語る者は品格を失う。いま語っている私も含めて」
各界からの八百長の一掃については、高校生の喫煙率の劇的な減少の原因に言及し、「おそらく喫煙という文化がポジティブな発信力を喪失したからだ。要するに、タバコはカッコ悪くなったのである。薄汚いオヤジの、クサくて不経済な習慣」としたうえで、次のように提言します。
「法令の遵守は、罰則による威圧や、社会的な強制よりも、美意識によって達成されるべきだ、というこだ。八百長に加担することが、どうにもみっともない、恥ずかしい、きたならしい生き方であると、いうことが、全力士の間で共有されれば、自然にそれは消滅するはずだ。損得や金勘定の利得を超えて」
各界の浄化に関して、このような提言を聞いたのは初めて。なるほどと膝を打ちました。
このほか、読んでいろいろ考えたことがあり、それも記録しておきたいところですが、私も忙しいので後日。といいますか、忙しいならそもそもこんな無内容なレビューなんて止めてしまえばいいのに、一度始めるとなかなか止められない几帳面な性質でして…。
「正義は、それに反する者を排除し、自分たちの陣営に与しない人間を敵視するための装置になる。であるから、正義という文脈で話をしているうちに、人々は、いつしか正義と不正義を峻別するフィルタリングの作業に熱中するようになる」(「その『正義』があぶない。」)
Posted by ブクログ
● 何かを変えるためには、自分が座っている木の枝を切り落とすみたいなタイプの決断が要る。
● 二兎を追う者は虻と蜂の両方に刺されて悶絶することになる。間違いない。
● で、われわれは、自分たちがしなくなった相撲という仕事を、アウトソーシングしている。もう少し別の言い方をするなら、われわれは、自分たちの国技を外国人の派遣労働者に丸投げしているのだ。
● ただ、本当に徹底したコンプライアンスを求めるのなら、それなりの時間とコストを覚悟すべきで、当然、リスクも負わなければならない。とすれば、リスクを負う覚悟もなく、コストを支払うつもりも持っていない通りすがりの部外者は、黙って見守るべきだ。
● と、彼らの意見は、「政府は慎重かつ毅然とした態度で臨むべきだ(キリッ)」ぐらいなところに落ち着くわけなのだが、無論のこと、こんな意見に実体的な意味はない。品格ある土下座。威勢の良い譲歩。壮烈な妥協。崇高なる日和見。言葉の遊びだ。
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