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Posted by ブクログ
人が持つどうにもならない影や矛盾、割り切れないものを描いた作品。勝呂医師やガストンさんを中心としながら多くの登場人物が交差する中で、それぞれが持つ卑しさや罪の意識、割り切れない感情に、大なり小なり自分にもある部分だと共感しながら読み進めた。作者が表現する『自分がその時、その立場だったら同じことをしていたかもしれない』がまさにそれだと思う。
海と毒薬の続編ということで、海と毒薬を再読してこの本を手に取った。この2冊は必ず続けてまた読もう。『おらぁだめだ』と言ったあのシーンに勝呂のすべてが凝縮されていて、その勝呂の葛藤がまた続編でも描かれている。たとえ救えなくても寄り添おうと、彼は生きたと思う。読み終えたあと、しばらく勝呂と生きてしまう。
Posted by ブクログ
ガストンが『深い河』にも登場していて驚いた。
調べてみると、ガストンのモデルは、遠藤周作がフランス留学中にお世話になった神父だという。
また作中では、ガストンがキリストを象徴する存在として描かれていることもうかがえる。
人生は辛く、悲しいものというのがテーマ。
正義と悪だけで単純に割り切れるものではなく、それぞれに深い背景や過去がある。
ガストンはキリストのように、人と共に悲しむ存在であり、その姿勢は『沈黙』と通じる思想だと感じた。
作中の神父は信じた者だけが救われると語るが、ガストンと勝呂の関わりを見ていると、必ずしもそうではないように思える。
神を信じていない勝呂に対しても、ガストンは変わらず慈悲と愛を注いでいる。
ガストンはよく泣き、苦しみを抱えているにもかかわらず、人生は悲しいものではないと言う。
人が笑う、それだけでいいのだと。
暗く悲しい物語ではあるがその中には、神が人と共に悲しみ、寄り添う姿が確かに描かれていた。
Posted by ブクログ
遠藤周作さん著「悲しみの歌」
「海と毒薬」の続編に当たる作品。主軸であった勝呂医師の30年後が描かれている物語になる。
研修医として生体解剖に携わってしまった過去のある勝呂は、罪という意識とは少し違う罰を自身に課せているように感じた。
彼はどちらかというと自分自身に失望しているように感じる。
彼自身が凄く人間らしすぎて、医師として人として、局面局面で選択せざるをえないその数多は、どの道を通っても誰もが納得できるものではないものばかり。
その中の一つは生体解剖という間違えでもあった、過ちの中でも最悪のもの。
そんな彼が辿る道は…
勝呂のその後の歩みは常に孤独感で溢れていて、まるで社会から隔絶されているような感じで切なすぎた。
今現在の感覚では、彼が「海と毒薬」での生体解剖を断らなかった行為は「PTSD」による自棄に近いものだと思える。だけど当時その精神状態には誰もが低認識だったろうから、彼の精神を更にもっと追い詰めたに違いない。
度々作中に出てくるが勝呂が町医者になりたかったという描写。人々に声をかけては勇気づけて、声をかけられては笑って談笑し、自転車に乗って各々の家へと診察に周るという小さな町医者としての理想が描かれる度に胸が苦しくなる。
そういう医者になりたかったろうに…
違った医者としての人生があったろうに…
眼で文字を追っているのにも関わらず、悲しみの歌が自分の耳にも聞こえてくるようだった。
勝呂の最期は自死という結末だったが、ある意味ではこれは贖罪のようでもありながら開放のような結末にも感じられた。
人として、医者として、
「何が正解で何が不正解なのだろうか?
誰がそれを裁けるのだろうか?」
作中あったこの言葉には深い意味合いを感じてしまう。
冷罵、誹謗、嘲笑、みな真相を知らずに…
みなが勝呂を責め立てた。
その責め立てた人達はみな自分に甘く、他人に厳しい人ばかり。
偽善の上に成り立っているだけの正義を振りかざすエゴイズム全開の暴力に感じる。
自分自身を客観視できないだけならまだしも、人を攻撃する事に何の抵抗も持たずによく言えたものだ。
人として未熟すぎる、外見だけで作られている中身の薄い人々に感じられた。
逆に勝呂はそういう意味では自分という人間を客観視できていたのだろう。彼に同情を強く覚えてしまった。
悲しい物語だった。
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