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「理論」で世界が語れた20世紀はもはや遠く、今や世の中は分からないことだらけである。しかし「分からない」の仕組みだけがいっそう複雑化し、もはや何が分からないか分からないという事態なのだ。この分からなさ、視界不良はどこから来るのだろう? テレビ、出版、シャッター商店街、結婚、歴史、民主主義…等、「分からない」が山積する諸問題に「100%分からないわけではない“余り”みたいなもの」を糸口にして挑む、危険で過激な知の冒険。【目次】まえがき――自分の未来はどうなの?/第一章 テレビの未来はどうなの?/第二章 ドラマの未来はどうなの?/第三章 出版の未来はどうなの?/第四章 シャッター商店街と結婚の未来はどうなの?/第五章 男の未来と女の未来はどうなの?/第六章 歴史の未来はどうなの?/第七章 TPP後の未来はどうなの?/第八章 経済の未来はどうなの?/第九章 民主主義の未来はどうなの?/あとがき
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Posted by ブクログ
相変わらず、日本社会に対する批判の書であろうとは思う。そして、相変わらずわかりにくい。結局、何をいいたいのかよくわからない。そんな印象もある。
橋本治の本は、筆の向くままにいろいろなテーマが繰り出される。それに対して、丁寧に説明したりしなかったりする。しなかったテーマはそのまんま宙ぶらりんである。
橋本治という人はユニークな思考パターンを持っている人だ。それは世間に流通する「常識」とされる考え方によらず、自分自身の思考を積み重ねてきた結果なのだろうと想像する。
最も印象に残ったのは民主主義のこの先について語っている終盤の次の言葉だ。
『自分の利益ばかり求めていた王様は、その結果すべてを失いました。「王様」になってしまった国民だって、それは同じです。だから、「自由すぎる王様」になってしまった国民は、自分以外の「国民のこと」を考えなければいけないのです。しなければならない議論の方向を「自分に有利になる方向」に設定しないことです。「自分の言うことは、みんなのためになることなんだろうか?」と、まず考えることです。「自分の言うことはみんなのためになっている」と言って、それが「利害関係を同じくするみんな」のためだけになっていないのか、と考えることです。
私の言うことは本当に、小学校か中学校の先生みたいですが、「無私」とか「無私の精神」という言葉は、昔から当たり前にあって、私はそれを言っているだけです。』
うーん。ここに結論くるとは思ってもみなかった。
「どうやって?」という問題(つまりは実践方法)は残るのだが、「みんなのために」が答えだ!といわれれば、「いやまあそれはそのとおりですね」と返すしかありません。
これから先に目指すべきは「無私の精神」か。
Posted by ブクログ
あとがきを読んで驚いた。
橋本さん、面倒な病気で長く患っているらしい。
地に足のついた並じゃない知性とまっとうさをもった、
日本の知的財産と言ってもイイ人が
「気力が続かなくて物が書けない」というのは尋常じゃない。
その中でぽつぽつと書きすすめたこの本は、分量としては少ないが、
橋本治らしく、たくさんの示唆と、物を考え直すきっかけに溢れている。
「美人は権利になった」
「日本は結論ありきでスタートし、どうするの?ではなくどうなるの?で考える」
「民主主義という究極の政治形態が行き渡り、
何事も簡単に決まらないのは当然の流れ。
力でねじ伏せるこれまでの長い歴史の前提は崩れ、
強いリーダー不在→待望論という形で、独裁者は今は心の中に現れる。
必要なのは自分の為に議論を誘導するディベートの技術ではなく、
みんなのためを考える、といういたってまっとうな道筋」
TPPに関する章を読みながら、安部が再選された現状にうんざりしてしまった。
Posted by ブクログ
「20世紀は理論の時代だったが、それはもう終わってしまった。」
つまりは、いまや世の中のことは、体系立てて整然と解き明かして
説明できるものではなくなったということです。
そして、そのわからない状態に加えて、
どうわからないのかもわからないくらいややこしさを増している。
そんな世界になって、それをどうでもいいとするか、
それとも少しはわかりたいとするか。
本書の態度は後者で、その未来はどうなんだ?という形式にあてはめて
論じていくものとなっています。
著者の橋本治さんはこの本を書き始める前からご病気になり、
どうにも集中力の続かない「頭の停止した」状態からこれ以上回復しないのではないか、
と医者に言われるような、その水準での安定をしている体調だったようです。
なので、知の武装はいたって平準。
とはいえ、読んでいると、その剣豪っぷりがうかがえました。
この喩えをまとめていってみるとわかりやすいと思うので続けますが、
普通の頭のいい人は、剣の腕もさることながら、
装備している防具や武器もたいそうなものなので、それらの能力にまかせたり、
武器防具自慢をしてしまうところってあります。
しかし、橋本さんの場合、病気のために防具も武器も、
軽いものしか身につけられなくなっており、さらに弱っていると見受けられる、
ご自身の剣術しか頼るものがないような状態なんです。
それなのに、最後の章になっていくにつれて、
その快刀乱麻ぶりが発揮されていくように感じられる。
借り物ではない、ご自身で生み出して育んだ、自分でしかない言葉を使って、
身体からにじみだすような思考と論理を駆使して、
わかるところは解き明かし、わからないところはぼんやりとしたまま無理はしない。
僕はまぁ、人並だと思っていますが、
それでも橋本さんのそういうところには憧れ以前に共感をしてしまいます。
僕は、暗記とかそういうのはもうやめて、自分の頭で論理的に解釈したり創造したり
していく方向で行こうと、高校生くらいの時に決めたふしがあって、
それはまぁ極端なんですが、そうやって鍛えられた部分ってあるんですよね。
それで退化したのが記憶力じゃないかと言われれば、そうでございます、と
弱気に答えるしかないんですが、橋本さんの場合はもともと
そのどちらも達者な人なんだろうな、という気がしました。
この方の本を読むのは二冊目でしたが、もっと読みたいな、
エッセイだけじゃなくて小説も気になるな、と思いました。
本書は2012年に発行されたものですが、
TPPについてや民主主義、歴史解釈についてなどの硬派なものが最後のほうに控えていて、
序盤は、テレビについて、ドラマについて、シャッター商店街について、
各々の未来についての考え、いや、現状を確かめる度合いが強いのですが、
そういう内容になっています。
うわべだけとか、表面しかみないでこれはこうだと決めがちなのが人というもの。
著者はちゃんと横からも後ろからも裏からも見る習慣がついている人だという印象です。
それだから、読んでいてハッとさせられたり、頭をくすぐられたりするんですよね。
すごい武器になるような本ではないかもしれないですが、
思考の経路を体感的に学ぶようなものとしてはとても好い読み物だと思います。
私ごととしては、テレビの項とシャッター商店街の項を参考にすると、
うちの従兄を痛烈に批判できそうな感じでした。
テレビ大好きゆえ、そして都市というものを解釈できていないためなのだなぁとわかりました、
服装に気をつけないところだとか。すごくオシャレせい、と言うんじゃないですが、
そこそこ服装に気を使え、と思う人っているじゃないですか。
それでしたね。僕が言うなってところもありますけども。
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