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初めて語った、父の背中に学んだこと。記者時代、コツコツ独学したこと。そして、いま大学で一般教養を教える立場になって考えること。いまの時代に自分らしく生きるための「学び」について考えるエッセイ。(講談社現代新書)
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改めて勉強の大切さを感じました
日々の雑務に追われる中で何か自己啓発しなければと思うようになり、最近、池上さんや出口治朗さん、佐藤優さんの本をよく読むようになりました。本書は、おそらく大学生を対象としているのだと思いますが、中高年が読んでも十分、自己啓発できると感じました。というか、むしろ、学生時代にもっと教養を身につけるために勉...続きを読む強をしておくべきだったと自省してしまいました。ただ、学びはいつから始めても遅くはないと思いますし、学び続けることを楽しめるようになれれば良いのかなという気持ちになりました。
#タメになる #スカッとする #共感する
Posted by ブクログ
715 池上彰 1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1973年、NHK入局。2005年まで三二年間、報道記者として、さまざまな事件、災害、消費者問題、教育問題などを担当する。1994年から一一年間は「週刊こどもニュース」のお父さん役を務めた。現在は、フリージャーナリストとして多方...続きを読む面で活躍中。2012年より、東京工業大学リベラルアーツセンター教授 本好きというのは、そういうもの。文芸評論家の斎藤美奈子さんの講演を聴いたときのこと。「本好きというのは、手元に読む本がないまま時間が空いてしまうのが恐怖。いつも何冊か手元に 本を持ち歩くもの」という話に、わが意を得たり、と思いました。たとえば、東京から大阪に新幹線で日帰り出張するときのこと を考えましょう。行きの車内で読む本を一冊。帰り用に一冊。 こまでは本好きの人なら用意するでしょうが、私は「新幹線が止まったら」と考えて、さらにもう一冊用意するのです。結局読ま ずに持ち帰るのですが、こうしていないと不安になるのです。本好きというのは度し難いですね。 いろんなタイプの大学で教えた経験からいえば、偏差値の違いは集中力の違いでもあるような気がします。入学試験段階での偏差値の高い大学の学生は、長時間集中力が持続します。東工大生は集中力が長持ちしますが、別の大学では、もっとしばしば場面転換や話題の転換が必要かもしれません。 歴史を学ぶというのは、ものごとの因果関係をきちんと知ることです。それを知ることで、これからの時代についても、推測したり、自分なりの考えが持てるようになったりします。 一つの話にいちいち引っかかって「えっ、どういうこと?」と 考えていたら、進度が遅くなってしまう。そうすると受験競争に は勝てません。先生が言うことはすべて正しいこととして、すぐ に吸収し、試験で吐き出していく。あるいは、先生が何を求めて いるかということをいち早く察知し、喜ばれる答えをすることに 長けている学生が多いのかな、とも思います。 でも、本当はそれだけでなく、「えっ、どういうこと? 「えっ、そうなの?」という引っかかりも大事なのです。それが 「批判力」です。 人間関係ですべてを疑っていると友人をなくしますけれども、 少なくとも読書や学問の世界においては、とりあえずすべてを疑ってみることが大事です。研究者をめざすならなおさら、批判力を身につけなければいけない。 批判力を身につけるのに大切なのは、何についても「引っかかるところを見つける」ことです。本も、引っかかりを見つけるつもりで読む、著者はこんなことを言っているけれど、本当かな? と思いながら読む、そうすると、ときどき「あれ?」というこ とに出合います。 本当によくできた本は、内容が吟味され、論理的に書かれていますから、引っかからないものです。大胆な主張を読んで本当かな?と思っても、そうだよねと説得されていってしまいます。 でも、中には、おい、ちょっと待てよ。どうしてこんなことが言えるんだ?という本もあります。 お国柄が違うというのは、こういうことなのですね。アメリカは、黙っていると、「話す内容のない人」と評価されてしまいます。「言わなくてもわかるだろう」ということが絶対に通用しない社会です。世界中からさまざまな人々が移住してきて出来上がった国家ですから、言葉を使って理解してもらうしかないのです。自己主張をしないと認めてもらえないのです。 紙の新聞なら、自分の関心以外の記事も自然に目に入ってきま す。私は、自分の関心以外のニュースや情報を、敢えて「ノイズ」と呼んでいます。 ネットはノイズなしで自分が知りたいことだけを知ることができます。結果として、関心のあることには詳しいけれども、それ以外には全然興味を持たなかったり、知らなかったりということ になります。 深く感動した本や、自分にとって意味があると思った本については、次の本にすぐに行かないで、しばらく余韻に浸るということが大事なのです。その後で、著者は、何を言いたいのか、そこ から自分は何を得ることがあるのかと考える時間を持たなければいけないのです。 子ども心にストレスがたまったりしたときには、本を読んでいました。本の中のまったく別の世界を経験することによって、ふと 気がつくとすっかり気持ちが穏やかになったり、朗らかになっていたりしました。あるいはいま自分は辛い目にあっているけれども、世の中はそんなことばかりではないと思えたのです。 これは、「現実逃避」です。現実逃避と聞いて、否定的な印象 を持たれるかもしれませんが、そうではありません。本を読めば、嫌な現実から逃げることができます。本当に辛くなったら、 逃げればいいのです。 子どもにとって、自分の生きている社会は、家庭と学校と友人との社会しかありません。その中でいじめられていたり、辛い思いをしていたりしたら、逃げ場がありません。子どもは追い詰め られていきます。 いじめ相談室も、そうした逃げ場所を提供しています。でも、 もし違う世界をもう一つ持っていれば、そっちに行けば助かるのです。本の中に登場する主人公のほうが、よほど辛かったり、人生の ピンチにあったりしながら、生き抜いているではありませんか。 あるいは、絶海の孤島で孤独に生きているではありませんか。 それに比べたら、いまの自分の世界など、小さい、小さい⋯⋯。 そういうふうにも思えるのです。 「はじめに」にも書きましたが、「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる」ことが多いのです。すぐには役に立たないけれ ども、あるいは、一見役に立ちそうにないけれども、長い目で見 ると、心の栄養になったり、自分を高めたり、自分の世界を広げてくれる本もあります。 そういう本が、教養にとっては大事であり、生きていく上でも大事なのではないかと私は思うのです。 すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる。 後からジワジワ役に立つものもある。 本を読むときには、そういう考え方も、また必要ではないかなと思います。 MITは、東工大と同じく理科系の大学ですが、教養教育を重視しています。ハーバードやウェルズリーカレッジは教養教育の充実で古くから知られています。ウェルズリーカレッジは、全米から学生を集める全寮制のエリート女子大。クリントン政権のオルブライト国務長官や、オバマ政権一期目のヒラリー・クリント ン国務長官も、ここの出身です。 この三つの教養教育に共通した考え方は、まさに「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる」という考え方でした。とりわけウェルズリーカレッジでは、「社会に出て役に立ちすぎることは敢えて教えない」という徹底した姿勢でした。教養としての経済学は教えるが、すぐに役に立つビジネス(経営)は教えない。そ れを学びたかったら、大学院のビジネス・スクールに行きなさい、というわけです。 同じように、サイエンス(科学)は教えるが、テクノロジー(技術)は教えない。学びたかったら、MITの大学院に行きなさい、 というわけです。 これこそが、教養なのだ。私は深く同感しました。 問題設定そのものを自らしなければいけない、決められた解が存在しない典型的な課題が、原子力発電の問題である。これから原発をどうしていくのか。優先すべきは経済合理性なのか安全性なのか。原発の技術開発をどう考えていくのか、さまざまなオプ ションの中で何を決めていくか。理系の専門知識だけでも、文系の経済知識だけでも、解は出てこない。既存の枠組みを一歩も二歩も踏み出さなければ、対応できない。
学ぶことは生きること。生きることは学ぶこと。 今これ学んで私意味あるのかな‥と頭よぎっても、知識欲に従順に、読書や情報収集を楽しんでいこう。
リベラルアーツとは何か。 すぐに役にたつものは、すぐに役にたたなくなる。 8年前の著作を読み、はっ!と考えさせられる。 勉強にたいするモチベーションがあがった。
面白かった。ぐいぐいと引き込まれて、一気に読んだ。学べば学ぶほど視野が広がり、知的好奇心を刺激され、自分を客観視でき、自分の学びがいかに足りないかがよく分かってくるという著者の言葉に、心から納得。折に触れ読み返したい。
大学時代に読んだ本だが、社会人になってから読み直したら内容がスッと入ってきた。 仕事を通して自分の価値観が見えてきたからではないかと思う。 本を読むことで知識を増やしていると勘違いしていたが、池上さんは「読書はザルでの水汲みのようなもの」と言っている。 ショーペンハウエルも食べ物と栄養に例えて「5...続きを読む0分の1の栄養」と書いている。 「読書をしなければ教養は身につかないが、読書をしただけで教養が身につくわけではない。」 「感動した本や自分にとって意味がある本は、すぐに次の本にいかずに、著者が言いたかったこと、その本から自分が何を得ることが可能かを考える時間を持たなければいけない。」 2回、3回と繰り返し読むことで深く考えることをしていくことが必要だと思う。 「読む⇨考える」を繰り返すことで教養を身につけていきたい。 池上さんは教養について「よりよく生きる」と考えており、哲学を学ぶことが教養と言えるのは、自分がどう生きるかに関わってくるからだと言っている。 「自分がどう考えれば良いのかということを知るために、過去の先人たちがどのようなことを考えたかを知る。それはすなわち「どう生きるべきか」ということにつながる」 読書同様に「教養(哲学)学ぶ⇨行動する」を繰り返していきたい。
言わずもがなだけど、本当に勉強家の池上さん。自販機の明かりや街灯の下でテキストを読んで英語の勉強をしていたなんて。 教える立場でも、どうすればより良い授業にできるかを考えている池上さん。仕事として当たり前かもしれないけれど、そうしようとしない教授もたくさんいる。 学ぶことを楽しんでいることがとて...続きを読むも感じられる。 大学時代に読みたかったな。
池上彰さんの経験を通して、学ぶとはどういうことなのかがつづられた本。 学ぶこととは社会を知り自分を知ること。理解を深めるには、自分で考えることも必要。受け身ではなく、主体的に学び続けることで、自分の視野は大きく広がる。
教養を積むってかっこいいと思う。自分の人生をいかによりよく生きるかということを考えることが大事。主体性を持って客観的にいくのが今風なのかなと思った。
池上彰さんがNHK記者時代に、そしてNHK退職後に、どんな勉強を、どんなふうにしてきたか。東京工業大学リベラルアーツセンターではどんな授業を、どんなふうにしているか。それを通して考える「リベラルアーツ」「教養」とは。 池上さん流のノートのとり方やPCでの原稿の書き方も解説されていて、その部分も興味...続きを読む深かったです。池上さんはPCでも縦書き20×20字の原稿用紙設定で原稿を書いらっしゃるんですね(pp. 81-82)。「日本語は縦書きでなければ」とまでは、私は考えていなかったけれど、縦書き、ちょっと試してみようかな。
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池上彰が話す前に考えていること
問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界
相手に「伝わる」話し方 ぼくはこんなことを考えながら話してきた
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