そんなこの作品は六つの短編が連作短編を構成しています。そして、そんな六つの短編全てに登場し、物語を一つに繋げていくのが大学教授、村川融(むらかわ とおる)の存在です。六つの短編はそれぞれに視点の主となる主人公が登場しますが、六つの短編全てに登場する村川融に視点が移ることはありません。そうです、この作品は影の主人公・村川融に何らかの関係を持つ人たちがそんな村川融の存在を匂わせながら、それぞれの人生を語っていく中に物語が展開していくという体をとっているのです。似たような体裁としては、川上弘美さん「ニシノユキヒコの恋と冒険」、柚木麻子さん「伊藤くんA to E」があります。これら二作品は書名に影の主人公の名前まで登場させるこだわりを見せます。一方で三浦さんの作品では『彼』と匂わすところにミステリー感が漂います。